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1999年ワールドユース(現:U20ワールドカップ)準優勝、2000年アジアカップ優勝、2001年コンフェデレーションズカップ準優勝、2002年ワールドカップベスト16と、日本代表の黄金時代を築き上げたフィリップ・トゥルシエ監督は来日当初こう言っていた。「ダニッシュ・ダイナマイト・・・あれをやりたい」
ダニッシュ・ダイナマイトとは、1986年のワールドカップメキシコ大会(この大会はのちにマラドーナの大会として後世に語り継がれることとなる)におけるデンマーク代表チームの凄まじいポゼッション・フットボールに対して冠せられた名前である。現在ではデンマーク代表そのものを指すようになったが、そもそもは1986年のチームの破壊的な攻撃力のことを言う言葉である。
ドイツ人指導者ゼップ・ピオンテックはそれまでヨーロッパの小国に過ぎず、「アマチュアサッカー」と蔑視されていたデンマーク代表を初めてワールドカップに導いた。のちにバルセロナで勇名を馳せる司令塔ミカエル・ラウドルップ、エースストライカーのエルケーア、当時世界最高のリベロと言われていたモアテン・オルセンというタレントを擁し、実に「最終ライン以外は全員攻撃参加する」という究極のポゼッション・フットボールを志向する革新的な3-5-2で大会を席巻した。4-4-2がサイドを重層化したシステムであるのに対して3-5-2はサイドの選手にサイドバックとウィンガーの両方の性質を求められるシステムであるため3-5-2がうまく機能するケースは少ない。だが、ダニッシュ・ダイナマイトは敢えてサイドハーフの守備力を放棄し、攻撃一辺倒のウィンガーをサイドに置くことを選択した。これによりフィールドプレーヤー10人のうち3人がディフェンスし残りの7人が攻めまくるという究極のアタッキング・フットボールが実現した。
1986年大会ではその圧倒的な攻撃力を以ってグループリーグ第一戦でスコットランド代表に勝利すると「宇宙人」エンツォ・フランチェスコリ率いるウルグアイ代表を6-1と蹂躙し、更には西ドイツ代表(80年代の西ドイツはリトバルスキーやマテウスやルンメニゲを擁するヨーロッパ最強のチームだった)を2-0で破る3戦全勝の1位通過という大番狂わせを演じた。しかし、3バックの致命的な欠陥である「サイドアタックに弱い」を同じく抱え、そもそもサイドで守備をする選手を敢えて置かない、という狂ったような攻撃専従システムだったダニッシュ・ダイナマイトは決勝トーナメント第1戦でスペイン代表に思うようにその欠点を突かれ今度は逆に1-5と歴史的大敗を喫してしまった。また、デンマーク代表はその後カウンター中心のシンプルなサイドアタックのチームとして生まれかわり1992年では初のEURO優勝を果たし1998年ではワールドカップベスト8という成績を残すなど、一般的な黄金時代は90年代とされており、現在ではもう1986年大会のような「超攻撃的」チームの面影はデンマークには残っていない。しかし、かつての在りし日の姿はyoutubeで観ることができる。冒頭にあげた映像はデンマークvs.ウルグアイで、ダニッシュ・ダイナマイトが見せ付けた驚異的なポゼッション・フットボールのスペクタクルを堪能してほしい。また、そこには現代サッカーが失ってしまった何かを見出すこともできるかもしれない。
フィリップ・トゥルシエが率いた頃に話を戻すと、トゥルシエ就任当初の日本代表は確かにダニッシュ・ダイナマイトを彷彿とさせる破壊的なアタッキング・フットボールを志向していた。「ドーハ世代、98年世代のほとんどはパスをダイレクトで2、3本つなぐことさえ出来なかった。しかし、小野伸二や高原たちはそれを簡単にやってのけた。わたしはそのとき、日本サッカーの将来はこの子たちにある、と確信した」。実際、1999年のワールドユースナイジェリア大会でU20ポルトガルやU20ウルグアイを破り準優勝を成し遂げるU20日本代表は、右サイドに守備的な選手を置くというマイナーチェンジは行っているものの中盤の底に遠藤を置くなどまさに「3バック以外は全員攻撃参加」というダニッシュ・ダイナマイトの理想を現代に蘇らせんばかりの攻撃的なチームだった。以降、右サイドにディフェンシブ・ハーフ型の選手を置き左サイドに司令塔タイプの選手を置く、というトゥルシエ流ダニッシュ・ダイナマイトは2002年の日韓ワールドカップまで続くコンセンサスとなっていく。2000年のアジアカップでは6試合21得点という驚異的な破壊力で優勝し、シドニー五輪では40年ぶりのベスト4の夢をアメリカ代表のヴァゲナスがPKを決めて同点に追いつかれるまで見させてくれたトゥルシエのダニッシュ・ダイナマイトはしかし、2001年のいわゆる「サンドニの悲劇」で大きくその姿を変えることとなる。2002年のワールドカップで我々が見たチームは、同じ3-5-2でありながら堅実なカウンターを狙うリアクション・サッカーをするチームだったのだ。このことは1986年のデンマーク代表がスペインに1-5と大敗したことを契機にその超攻撃的なスタイルに別れを告げたことと符合している(ちなみに、サンドニの悲劇で日本はフランスに0-5で敗れている)。
EUROではスペイン代表が優勝し、「攻撃的なチームが優勝したことは今後の世界のサッカーが攻撃的にシフトしていくだろうことを意味する喜ばしい前兆だ」と評価する人も多いが、アラゴネスの4-1-4-1は確かに近年稀に見る魅力的なポゼッション・フットボールを見せたものの、クワトロ・フゴーネスと呼ばれたシャビやイニエスタやビジャなどのアタッカーに攻撃を一任するアイソレーションのサッカーであることに変わりはない(それでも同じようなスタイルだったオランダやフランスに比べればはるかに魅力的なサッカーをしていたが)。最終ラインでは総てのスペースが埋まり、跳ね返したボールを攻撃専用のユニットがゴールまで持っていく。守備専従、攻撃専従とセパレートされたユニット型のサッカーが衰える気配はいまだない。1974年のオランイェや1986年のダニッシュ・ダイナマイトが見せた超攻撃的サッカーが失地回復するにはまだ道は険しい。
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