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島根県のハードコアパンクバンド、ヤンキー少女、改めSOFT、改めストーナーロックバンドPOSTOVOIのボーカルjunkieの公式ブログ!!!
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ACLでペトロビッチの広島とアデレード・ユナイテッドの試合を観ていたとき、パス・サッカーはほんとうにフィジカル・サッカーを超克するのではないかと思った。相手の最終ラインやディフェンシブ・ハーフのマークを外して前線でフリーになった、もしくは完全にフリーでなくとも後ろ向きでボールを受けられる体勢にある味方の選手にCBが精度の高いタテパスを供給し、そのままダイレクトで落とすかもしくは最終ラインのギャップに入り込んでいたフリーの「三人目の選手」へフリック。この一連の動作がため息が出るほど美しい。ほんとうにほんとうに美しい。
広島の攻撃パターンは主に狭い密集エリアにおける初歩的なワンツーによるライン突破、細長い長方形のエリアにおけるタテパスからのフリックを基本にしたいわゆる「三人目の動き」、そして最終ラインからロングフィードを送りそれに呼応してフォワードがラインを抜ける中盤省略の3つに大別されるが、そのどれもがアデレード・ユナイテッドの屈強なフィジカルをモノともせずに完璧に実践され、相手を翻弄していた。特に佐藤寿人のボールの呼び出しから足元に受けてのワンタッチの捌き方、そしてラインの抜け出し方はパーフェクトだった。オーストラリア人の強靭なフィジカルを相手に、いったいどのようなマジックを使えばこのような錬金術が可能になるのだろうか・・・?
パス・サッカーやポゼッション・フットボールの究極形があるとしたら、恐らくそれはペトロビッチの広島ではないのか。わたしは必ずしもパスサッカーやポゼッション・フットボールの信奉者ではないが、ペトロビッチ監督の作り上げたいまの広島のようなチームにならその理想を託しても許されるのではないかとすら思えた。


それでもデル・ボスケのスペインが、矜持を捨てて「インテル戦法」を貫徹したオットマー・ヒッツフェルトのスイスにモノの見事に敗れた試合を観たとき、やはりパス・サッカーはフィジカル・サッカーの重力から逃れることは出来ないのではないか、とも感じた。
単純に考えて、4枚の最終ラインと中盤の底2枚と左右のサイドハーフ2枚に加えフォワードの一人、或いは両方が自陣にリトリートして4-4や5-4の二列のボックスをゴール前に築いたとき、タテパスの成功率が極端に下がることは目に見えている。スペインだって整然とゴール前を固める相手のボックスにモノの見事に手玉に取られ、自慢のパスワークはいつしかボックスの周りをサークル状にリレーさせるだけの冗長で単調で無味乾燥な「オートメーション」でしかなくなっていた。「オートマティズム」ではない、「オートメーション」である。それはけっして機械仕掛けの精巧なカラクリ時計などではない。工場で黙々と一定のリズムで判を押しモノを運び箱に詰め梱包するだけのスタンパーとベルト・コンベアーには唯一無二のハンドメイドの製品を作ることはできない。そして最後は「勘定の出来ない」ヘスス・ナバスの個人突破でサイドを攻略しクロスを放り込むしか術がなかった。そうしてスペインは敗れた。

4-1-4-1とはそもそも、「90分間プレッシングしつづけるのは難しいから、時間帯によってプレッシングするかしないか使い分けよう」、という発想で生まれたシステムだったと言われている。例えばカレル・ブリュックネルが率いたEURO2004のチェコ代表はそういうチームだった。4-1-4-1のゾーンのときはアンカーの前の4枚の中盤が高い位置でプレッシングするのに適しているが、やがて運動量が落ちるとかえって前に張り過ぎて突破されたときに最終ラインの前を守る選手がアンカーのガラーセクひとりだけになってしまう。運動量が落ちたときにはそうしたリスクを勘案して、今度は4-1-4-1を崩して全員が下がって4-4の堅牢なゾーンを作るのである。この二種類の守備を使い分ければより効率的に、かつアグレッシヴに守ることが可能である、という理屈である。
それがいつしか変質して、4-1-4-1という形骸的な部分は広く受け継がれたけれども、そうした「高い位置からのプレッシング」という本来のコンセプトは忘れ去られた。4枚の最終ラインの前にアンカーを置き、更にその前にワントップを頂点とした五角形のようなゾーンを作る4-1-4-1という形は同じだが、その位置を最初からハーフコートに限定するのが最近のトレンドである。

守備時に必ず自陣に9人以上の選手がリトリートし、ハーフコートでゾーンの網を敷くこの戦術をほとんどのチームが行うようになった昨今、ポゼッション・フットボールの優位性は失われつつある。相手は極端なアウト・フットボールによってゴールを守ることに妄執するようになったのである。いくら流麗なパスを出しても、フィジカルの鉄壁がことごとく跳ね返してしまう。

 

「パス・サッカーは善でフィジカル・サッカーは悪」、ということがよく言われる。ここで言うフィジカル・サッカーとは、そもそもは「タテポン・サッカー」であった。ボールを奪ったらとにかく前線にロングフィードしてポストプレーヤーが競り勝ちマイボールにして中盤を省略してボールを獲られるリスクを減らそうというサッカーである。いわゆるキック&ラッシュだ。例えば2003年と2005年のワールドユースで大熊監督が率いた日本代表がそういうチームだった。これが観ていてまったく楽しくないサッカーだったから、「悪」とされた。それに対して丁寧にビルドアップしてパスをつなぐサッカーはクリエイティヴでチャレンジングだから「善」なのだ、という理屈である。
しかし、この「タテポン・サッカー」を芸術の域にまで高めたジョゼ・モリーニョのチェルシーというチームが一世を風靡してから流れが変わった。というかモリーニョは「タテポン」の攻撃パターンをより細分化し、オートメーション化することに成功し、そのアーカイヴを例えばプレミアの下位クラブなどが次々と援用するようになった。自陣に9人以上の選手がリトリートして二列のゾーンを築く「4-4」や「5-4」のドンビキは機能美となり、そこから繰り出される一本のロングフィードの直線は芸術性を帯びるようになった。本来は高い位置でのぷれっシングを標榜するものだった4-1-4-1システムは、そのゾーンの形状が「タテポン」の実践に極めて適していたためにそもそもの理念は忘れ去られたが配列というその上面の部分は多くのチームに「有用なスキーム」として受け継がれた。かくして「タテポン」はもっとも先進的なオートマティズムとして立派に市民権を獲得したのである。

さて、しかし、それでもパス・サッカーは善でフィジカル・サッカー(タテポン)は悪であるとされる。何故か。パス・サッカーはボールの軌道の不確定性を補正しやすい足元のショートパスというメソッドに拘泥している分、自らがデザインしたとおりの軌跡を描出することが出来るからである。地を這う短いパスは山なりの長距離のパスより、誤差の範囲が少ない。誤差の範囲が少ない、ということはどこに転がっていくかわからないボールの軌道を出来るだけ自らがデザインしたとおりにコントロールできるということである。どうしても運まかせの要素が強くなってしまうキック&ラッシュに比べてパス・サッカーは自らのパスの精度でその確率を偏向できるから、パス・サッカーは素晴らしいと言われるのだ。

しかし誤差の範囲は少ないけれど、その代わりにボールが描く軌道は相手の予想の範囲内に納まる、意外性のない単調なものになっていく。「ショートパスばかりだと相手に読まれる」のである。これがパス・サッカーの唯一にして、そして最大のジレンマである。
デル・ボスケのスペインもグアルディオラのバルセロナもアギーレのメキシコもマルセロ・ビエルサのチリもペトロビッチの広島も、パス・サッカーを標榜するチームは皆ここでつまづくのである。超守備的な4-1-4-1が普及した現代サッカーにおいて、パスをつなげばつなぐほど、相手のボックスは整備され、一方で攻撃は単調になっていくのである。

さて、するとパス・サッカーは意外性がなく単調になっていくのだから、要するに「つまらない」ということになりはしないか。現実的に、スイスにドンビキされたスペインやインテルにドンビキされたバイエルンのサッカーは、意外性がなく単調で無味乾燥で「つまらない」のである。パス・サッカーを志向していた頃の岡田ジャパンより、開き直って本田にドカドカとロングフィードを蹴りこむようになった本大会の岡田ジャパンの方がむしろおもしろかったりするのである。

このように、本来おもしろい攻撃を自らがデザインしたとおりに実践していくのに適した手段であったはずのパス・サッカーやポゼッション・フットボールが、それと対照的なアンチ・フットボールのタテポンをやるチームとマッチアップすることで、逆におもしろくなくなっていくのである。信じられないがそうなのである。

そもそもの疑問として、まず「パス・サッカーとフィジカル・サッカー(タテポン・サッカー)は別のものなのか」、という問題がある。パス・サッカーが善でフィジカル・サッカーを悪とするアナロジーには、「パス・サッカーとフィジカル・サッカーは互いに相関しない」という前提があるはずである。しかし、果たしてほんとうにそうなのだろうか、と言うと、実際のところはそんなことは決してないのである。というか、別に誰も「相関してはならない」と決めているわけではないのである。前述の「パス・サッカーは善でタテポンは悪」という二元論に依拠して、ただ単に意固地になってパス・サッカーをやろうとしているだけなのである。それはパス・サッカーが理想的なサッカーであると考えられているからある意味では当然なのだけれど、しかし頭の固くなった人間(たち)のやることがおもしろくないことは紀元前の昔からのお約束である。パス・サッカーにこだわったところでおもしろいサッカーになるとは限らないのである。


サッカーのおもしろさとは、そもそも「ゴールを割るか、割らないか」という二進法のスペクタクルであったはずである。その不確定性がカタルシスだったのである。だからゴールを割らせないようにみんなで努力する現在の4-1-4-1システムは機能美を伴うのだし、逆にゴールに決して直結しない冗長なポゼッションは観ていてつまらなかったりするのである。
その意味で、パス・サッカーとフィジカル・サッカーは究極的には共存していくべきなのである。4-1-4-1システムがそもそも高い位置でのプレッシングとリトリート・ディフェンスを併用するために開発された戦術であったのと同じように、未来のサッカーはポゼッションとタテポンという、現在の価値観ではコレクト・フットボールとアンチ・フットボールという風に対置される戦術を共存させる方向に向かっていくべきなのだ。わたしはそう思う。


だからわたしはペトロビッチ監督の広島の攻撃的なサッカーが大好きだが、一方でシャムスカ監督が率いていたころの大分も好きだし、オリヴェイラ監督の鹿島のサッカーも好きである。それぞれがそれぞれに適したやり方でサッカーをやっているのである。それを「善」だ「悪」だと色分けしようとする心こそ卑しいのだ。リスクを控えた手堅いサッカーもチャレンジングでアグレッシヴなサッカーも、オートマティズムに貫かれているのならどちらも「善」であるはずである。
 

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いつの間にかJ1が終わり、そして始まり、その間にロシアの陸軍クラブで本田三角形が発動、チャンピオンズリーグで弾丸フリーキックを決めたり、その一方で、大宮の塚本選手が骨肉腫に倒れ予断を許さない状況がつづいています。サッカーは休むことなく動きつづけ、そのパラダイムも変化しつづけています。つい最近まではモリーニョ・チェルシー(チェルスキ)の系譜を汲む超体育会系フィジカル・サッカー、リトリートとスプリントとボディ・コンタクトのフットボールが隆盛を極めていましたが、リアリズムとファンタジーを均等に具備したグアルディオラ・バルセロナFCのCL&CWC制覇を分水嶺に、スペイン式のツータッチの華美なフットボールが新たなトレンドとなっている、という言説もまことしやかにささやかれはじめています。曰く、メッシをトップ下に置きツートップがサイドに開き、ツーバックとアンカーが3バック的にビルド・アップを志向する、過日のクライフの3-4-3を彷彿とさせるサッカー。また、西部謙司氏は「ビルド・ダウン」なる術語を披瀝しはじめてもいます。


サッカーはいったいどこへ向かおうとしているのか。

・・・そんな深遠なテーマとは若干遠い疎開地から、PC内に書き溜めてきたわたしのサッカー日記をいくつか公開し、拙い管見を投じてみようと思います。


最後は昨年12月にオイルマネーで潤うUAEで行われたクラブワールドカップの決勝戦のマッチ・リポート。


CWC 決勝 バルセロナ v エストゥディアンテス

おもしろい試合だったなー。最初はカウンターからのボセッロのヘディングで南米王者が先制、バルサはボールは持ってもなかなか決定的なシーンが作れない「虫干し」状態で、前半終了時点ではエストゥディアンテスが若干優勢だったかも。エストゥディアンテスは何より4-4のリトリートが完璧。アンリとイブラを警戒して3バックとの情報もあったが、要するにペナ付近で4~5枚の鉄壁を置きその上に3~4枚が控え、サイドにボールホルダーが変わると一斉に2、3人で取り囲んでタテパスを出させないという驚異的なリトリート・ディフェンスで、あのバルセロナでもここまでひいて守られたら何もできないという素晴らしい守備だった。それで結局浮き球のロングフィードを送らざるを得なくなり、とうぜんシャビやメッシでは競れないからすぐにエストゥディアンテスのマイボールになる。グアルディオラは途中からメッシをトップ下に置いてイブラヒモビッチとアンリをサイドライン際に這わせるシステムに変更してくるが、この「バルサ式ゼロトップ」は中盤で圧倒的な数的優位を作ってボールを支配しそのポゼッションをもって守備ブロックを疲弊させるための戦術ではあるものの、既にスペースが消尽した状況下で中盤のボール支配がどれだけ有効であったかはいささか疑問である。エストゥディアンテスの「4-4」も完全にオートマティックで流動的な守備組織だったから、その中盤を制圧しようとしてもエストゥディアンテスの選手は集中していたし、シーズン前半戦を消化した段階とあってバルサの選手も動きが鈍かったかも。とにかくメッシの個人技と適当な放り込みに終始するしかない、という拙攻しかできない展開が続く。

試合が動いたのはセイドゥ・ケイタに代えてペドロ、そしてアンリに代えてジェフレンという二人のカンテーラ出身の若手を投入してからだ。特筆すべきはジェフレン。ベネズエラ出身というこのセカンドトップは凄まじいスピードで左サイドを制圧し、ここでエストゥディアンテスは埋めがたい間隙を作られてしまう。ベネズエラといえばサッカー後進国もいいところ、南米最弱の汚名を長年喫してきたが、ここに来てすごい選手が出てきた。とにかくジェフレンが左サイドを抜きまくり、有効なクロスを何度も供給した。エストゥディアンテスの「4-4」は確実に崩れつつあった。エストゥディアンテスは頼みのベロンがガス欠寸前になっていたのも痛かった。グアルディオラは中盤を圧倒的なポゼッションで制圧することを諦め、若々しさとスピードに溢れたこの素晴らしいジェフレンの単独突破という局地戦でエストゥディアンテスの牙城にギャップを作る作戦に出た。ジェフレンの存在は予想以上だった。エストゥディアンテスのディフェンスが確実に崩れつつあることは明らかだった。そこで後半終了間際、決死のパワープレーに出たバルサの執念が実り、ペドロが根性のヘディング、チップされたボールは「気合」でゴールネットに吸い込まれた。あとはジェフレンのスピードがエストゥディアンテスをズタズタに切り刻んでいくのみだった。


個人的には、どっちにも勝ってほしかった。オートマチズムを駆使してバルサを最後まで苦しめたエストゥディアンテスはもちろん素晴らしい。そして、一貫したフィロソフィーに依拠して下部組織を運営し若手の育成に尽力してきたバルセロナのスタンスにも得難いものがあった。そろそろバルサの労苦に報いても良い頃だった。とにかく、ジェフレンという凄まじい才能を自前で育てたところにバルサの真の王者たる所以がある。それは金では買えないものだ。どんなに移籍金を積み上げても、莫大な広告収入を得ても、それだけは金では買えない。
金で買えないものを持っていた、という意味ではエストゥディアンテスもバルサも同等だった。これが「サッカー」だ。これこそが「サッカー」だ。資本主義を超えたスポーツマンシップの純粋な交感こそがサッカーなのだ。

クラブワールドカップはまだまだ大会としては幼いトーナメントだが、この決勝戦で披露されたパフォーマンスは真のサッカーと呼ぶにふさわしいものだった。矜持と哲学と執念。それだけは金では絶対に買えない。絶対に絶対に買えない。


いつの間にかJ1が終わり、そして始まり、その間にロシアの陸軍クラブで本田三角形が発動、チャンピオンズリーグで弾丸フリーキックを決めたり、その一方で、大宮の塚本選手が骨肉腫に倒れ予断を許さない状況がつづいています。サッカーは休むことなく動きつづけ、そのパラダイムも変化しつづけています。つい最近まではモリーニョ・チェルシー(チェルスキ)の系譜を汲む超体育会系フィジカル・サッカー、リトリートとスプリントとボディ・コンタクトのフットボールが隆盛を極めていましたが、リアリズムとファンタジーを均等に具備したグアルディオラ・バルセロナFCのCL&CWC制覇を分水嶺に、スペイン式のツータッチの華美なフットボールが新たなトレンドとなっている、という言説もまことしやかにささやかれはじめています。曰く、メッシをトップ下に置きツートップがサイドに開き、ツーバックとアンカーが3バック的にビルド・アップを志向する、過日のクライフの3-4-3を彷彿とさせるサッカー。また、西部謙司氏は「ビルド・ダウン」なる術語を披瀝しはじめてもいます。


サッカーはいったいどこへ向かおうとしているのか。

・・・そんな深遠なテーマとは若干遠い疎開地から、PC内に書き溜めてきたわたしのサッカー日記をいくつか公開し、拙い管見を投じてみようと思います。


J1の2009シーズンの個人的な統括、シーズン最大のハイライトとなった第33節の鹿島 vs. G大阪のマッチ・リポート、そして大分トリニータの降格について。
 


20091210


鹿島が3連覇。コウロキは一年通してこのコンディションだったらすごかったのになー。とはいえ、この周囲の反応の少なさは・・・。

個人的なベストイレヴンは以下のとおり。

GK 川島(西川、ソガハタ)
DF ストヤノフ、槇野、ブルーノ・クアドロス(吉田、長友)
MF 米本、遠藤、中村憲剛、石川、マルシオ・リシャルデス(明神、谷口、野沢)
FW 岡崎、チョン・テセ(ジュニーニョ、李根鎬、マルキーニョス、エジミウソン、レアンドロ、ペドロ・ジュニオール、佐藤寿人)

FWは激戦だったなー。個人的には岡崎とジュニーニョで迷った。やっぱり純粋なテクニックでは圧倒的にジュニーニョ。とにかくチョン・テセのフィジカルとジュニーニョの神技にびっくりした。サイドバックはこれは!という人材がいなかった。中盤はトータルでは中村憲剛がいちばん良かったと思う。何よりACLの準々決勝ファーストレグで決めたフリーキックが圧巻。

MVP
石川直宏・・・普通に考えたら中村憲剛だと思うが、「人間万事塞翁が馬」を痛感させてくれたから石川。ほんとうにうれしかった。彼の復活を望んでいた人は多かったと思うが、まさかここまでブレイクするとは予想だにしなかったろう。スーパーゴールの連続。こういう紆余曲折を経てもう一度這い上がれる選手がいるということは、Jリーグの誇りだと思う。

最優秀監督
ミハイロ・ペトロビッチ・・・在り来たりな選出になってしまったが、すごいものはすごい。とにかくJ2から昇格後4位というのが普通にすごい(笑) 5連敗がなければオズワルド・オリヴェイラさんだったんだけどなー。

最優秀チーム
サンフレッチェ広島・・・当然でしょう。最強の攻撃力を誇った川崎フロンターレと迷ったが、J2とほぼ変わらない戦力で、しかも長期離脱者を常に抱えてこの成績、内容は凄まじい。ストヤノフと佐藤寿人の穴が懸念されるが、それを問うのはやはりナンセンスか。恐らくJ1という規模に収まらず、世界でいちばんおもしろいサッカーをしていたチームではなかったか。

今シーズンベストマッチ
第33節 鹿島アントラーズ v ガンバ大阪 (5-1)・・・壮絶な撃ち合い。強烈なボディ・コンタクトの応酬。しかも決まったゴール総てがスーパーゴール。一瞬たりとも観客を飽きさせない、素晴らしい試合だった。


今シーズンベストゴール
ジュビロ磐田 v 大宮アルディージャ 89分の李根鎬のゴール

やっぱ↓コレかなあ。石川直宏のゴールも全部良かったけど。とりあえずシーズン前半戦の李根鎬は神。石川直宏はもっと神!

番外・最強助っ人外国人
李根鎬(笑)・・・マルシオ・リシャルデス、ジュニーニョ、ケネディ、ヨンセンとか、全部吹っ飛ぶインパクトでしたね、前半は(笑)
後半はまさかのジウトンとかありましたが(笑)
それで、マジメな話をすると、大宮のラファエルが非常に良い選手だったと思います。前所属チームがトルコのフェネルバフチェということで実力も折り紙つき、上背もあるし足元もうまいしフリーランやフォアチェックも積極的で、これはかなり中東の匂いがする(笑)久々のブラジル産本格センターフォワードの到来の予感がしました。


20091129


鹿島 v G大阪 (5-1)

ナイスゲーム!!!個人的には今季J1のベストゲームだと思う。とにかく、入ったゴール全部がスーパーゴール!興梠の先制ゴール、野沢の絶妙なチップシュート、二川の低空スーパーゴール、興梠の2点目、田代のゴール(パスの勝利!)、クロスからのダニーロのヘッド・・・。エル・クラシコなんかより、こっちの方がぜんぜんカッコいい試合だったと思う。

印象的だったのは両チームのフィジカル・コンタクト。まるでプレミアリーグのように激しくぶつかり合い、削り合う。そして洗練された鹿島のリアクション・サッカー。マルキーニョスと興梠のコンビネーションも素晴らしいと思う。

いちばん好きなゴールは2点目の野沢のゴール。カウンターからトップの興梠がキープして対角に走りガンバの最終ラインのギャップに入り込んだマルキーニョスに絶妙なアウト気味のパス、マルキーニョスが独特のステップでシュートモーションに入りオンターゲットの強烈なミドルシュート、これは藤々谷が防ぐもパンチアウトされたボールがそのまま野沢へのパスとなり、ペナルティエリア右隅でキープしてルックアップ、しっかりとコースを見極めて絶妙なコントロールで放物線を描いたボールは、ゴールに吸い込まれて行った・・・。素晴らしい!

鹿島のサッカーは広島のペトロビッチさんのように明確なアタッキング・フットボールではないけれど、しっかりとゲームをコントロール出来る力強さを持った「王者のサッカー」。この試合も後半で5点獲る辺り、ゲームの波を読む力が図抜けている感がある。やはり中盤でしっかりとビルドアップできるダブルボランチがいて、トップに当てて三人目の選手がノックダウンを受け取るというトライアングルが作れて、尚且つフォワードがちゃんとフォアチェックする。王道のサッカーをしっかりと実践しているから鹿島は強く、そして偉大なのだ。スタメンを固定して、リザーブのメンバーや交代の順番もしっかりとディシプリンで整備されている分、それで結果が出なければチームはつまづいてしまうが、今季も悪夢の5連敗から軸をブレさずに持ち直し、最終的には固定によるチームの熟成が成果となって現れている。あとは、これでACLも乗り切れるか、という問題だけ。


良いゲームだったなー。J1も総ての試合がこういうクオリティになればいいと思う。やっぱりいちばん重要なのはメンタリティ。今季は降格争いはどっちらけになってしまったけど、ACL枠のおかげで上位争いはいつにも増して苛烈になった。つくづくサッカーの麻薬性を感じる。

J2の枠が増えるが、出来れば下位チームのモチベーションを保つために、入れ替え戦は来季は復活させるべきだとは思う。




20091027


大分が降格・・・。

サッカー批評に木村元彦氏が寄稿したマルハン問題に関する記事はまだ読んでいない(読んでいる途中)だが、ペリクレス・シャムスカ監督の解任から胸スポンサーの空白まで、Jリーグ愛好者にとってはガラスが突き刺さるような片腹痛いことの連続だった。育てて売るプロビンチャの良きモデルケースであることは、Jリーグファンの誰もが恐らく知っていたし、評価していた。しかし結果が出るのがスポーツ。悲しいが現実を直視し、這い上がるしかない。

純粋にサッカーの話をすると、4-4にしろ昨シーズンのシャムスカ大分の5バックとダブル・ボランチの鉄壁にしろ、リトリートしてゾーンを埋めるサッカーというのはエレニオ・エレラが言うように、選手の意識を偏向させてしまう危険性を孕んでいるのだと思う。個人のレヴェルで微視的に観るとわからないが、チームとして観るとそれが顕著になる。この戦術で一度習熟したチームがポゼッション・サッカーをやろうとすると、大抵の場合それは失敗する。それはもう、何回も繰り返されてきたことだ。リトリートのサッカーをやり続けた感覚でポゼッションに移行すると、守備時にはそれは「緩慢なゾーンマーク」という最悪の末路をたどることになる。
シャムスカほどの名将が、いったい何を間違ったのだろうか。やはりリアクション・サッカーをポゼッション・サッカーに切り替えるには、フィンケの浦和のようにドラスティックな変革をもたらすしか方法はないように思える。


それにしても・・・。大分はシャムスカ監督のもとで「大分のサッカー」を育てていけるはずだった。でも、それはならなかった。

ポポビッチ監督のサッカーはアタッキング・サードの相手ライン前に選手を整然と並べラグビー式に横のショート・パスをつないでいく。サッカーにおける崩しは縦パスとそれを受けてのノックダウン・パスにある。ポポビッチはアタッキング・サードの前で横一列の縦列横隊をつくり、横方向のショート・パスでインターセプトを回避しながらかつパサーをフリーにする。横パスで確実にボールを保持できるかわりに、サイドチェンジがないから守備は中央に固まり、逆にパサーにとっては裏への配給が困難になる。これを打開するには無理やりワンツーを試みるか、狭い密集地域でのパス交換の「釣り」でスペースを空けるしかない。フィンケさんの浦和やペトロビッチさんの広島もこういうやり方をパターンとして持っているが、浦和にはもっとサイドチェンジの意識があるし広島にはストヤノフのロングフィードや槙野のドラスティックなオーバーラップがある。


大分にはまだかける言葉がないが、がんばってほしい。それは当然、思う。
西川、金崎、エジミウソンの去就が注目されるが、きっと彼らも苦しいだろうし。


がんばれ。



いつの間にかJ1が終わり、そして始まり、その間にロシアの陸軍クラブで本田三角形が発動、チャンピオンズリーグで弾丸フリーキックを決めたり、その一方で、大宮の塚本選手が骨肉腫に倒れ予断を許さない状況がつづいています。サッカーは休むことなく動きつづけ、そのパラダイムも変化しつづけています。つい最近まではモリーニョ・チェルシー(チェルスキ)の系譜を汲む超体育会系フィジカル・サッカー、リトリートとスプリントとボディ・コンタクトのフットボールが隆盛を極めていましたが、リアリズムとファンタジーを均等に具備したグアルディオラ・バルセロナFCのCL&CWC制覇を分水嶺に、スペイン式のツータッチの華美なフットボールが新たなトレンドとなっている、という言説もまことしやかにささやかれはじめています。曰く、メッシをトップ下に置きツートップがサイドに開き、ツーバックとアンカーが3バック的にビルド・アップを志向する、過日のクライフの3-4-3を彷彿とさせるサッカー。また、西部謙司氏は「ビルド・ダウン」なる術語を披瀝しはじめてもいます。


サッカーはいったいどこへ向かおうとしているのか。

・・・そんな深遠なテーマとは若干遠い疎開地から、PC内に書き溜めてきたわたしのサッカー日記をいくつか公開し、拙い管見を投じてみようと思います。


今回は、鬼軍曹ファビオ・カペッロの招聘によって転生に成功した母国イングランドと、同じく闘将ドゥンガの不撓不屈の精神によって完膚なきまでの最強モンスターへと変貌した王国ブラジルの、それぞれのナショナル・チームについて。

 



2010 World Cup TM南アフリカクオリファイのイングランド v クロアチア(ウェンブリー)。

この試合に勝てばワールドカップ出場が決まるイングランドだが、相手はあのヴァトレニ。去年のウェンブリーでの2-3を忘れることは出来ない。ファビオ・カペッロを招聘して以降は成績が安定するようになったが、やはりサイドバックの人材が多士済々の宝庫になったことが大きいんじゃないだろうか。何てったってグレン・ジョンソンだからね(笑)。あれはマジで世界最高の右サイドバックだ。

この試合の注目はやはりヴァトレニをボコボコに蹂躙しての首位通過にあるが、道化師ビリッチの言葉にカペッロ御大が過剰に反応して早くも舌戦を盛り上げる。「ありがとう、ミスター・ビリッチ。これで私がモチベートする必要はなくなった。選手たちは燃えに燃えている。」

スリーライオンズが燃えに燃えているということは、それはもう手がつけられないほど凄まじく怒り狂っていることを意味している。ビリッチの言葉を比喩ではなく直喩として受け取り、それを言質として過剰にアジテーションにすり替えることは名将のタスクのうちのひとつ。さすがカペッロ。


イングランドの攻撃は一貫してアーロン・レノンの右サイドからのペネトレイト。最終ラインと中盤の4-4でボールを回して結局はアーロン・レノンの斬り込みからチャンスメイクする。工夫もクソもない。それでも気合いに満ち満ちたジェラードとランパードが次々と二列目からアタッキング・サードへと飛び出し制空権を完全に掌握、正直1点目と2点目は気合いのゴールだ。
イングランドは意外と守備が弱点で、基本的に危ないボールはテリーやアップソンが何度も何度もバイタルエリアまで出てきて頭突きで跳ね返していた。センターバック2人しか守備要員がいないのだ。クロアチアとしてはその間隙を利用して4-4で徹底してリトリートする下位チームの戦術を徹底するべきだった。アーロン・レノンにマークを2人付けてペナルティ・エリアで鉄壁を作ってジェラードとランパードの飛び出しをケアすればあんな無残な負け方はしなかったはずだ。グレン・ジョンソンの裏も穴だ。でもビリッチはオーソドックスな4-2-2-2で真っ向勝負を挑んできた。これではアーロン・レノンにやられ放題だ。案の定、アーロン・レノンとグレン・ジョンソンの世界最強右サイドに左翼を制圧され好き放題にクロスを上げられジェラードの頭突きに沈む。イングランドといえばサイドバックはアシュリー・コールの攻め上がり一本という感じだったが、グレン・ジョンソンは何故サイドバックをやっているのかわからないような凄まじいバーサーカーであり、サイドバックとサイドハーフの間で2-2の数的同数を作られると確実にサイドを制圧してしまう選手。アシュリー・コールも充分に怖ろしいが、グレン・ジョンソンはそれ以上か。

前線はルーニーとヘスキー。ヘスキーのポストや激しいフォアチェックが結構利いていたと思うが、アーロン・レノンとグレン・ジョンソンという怪物二人がいればフォワードが誰でも問題ないような気がする。実際、ルーニーなんて大した活躍もしてない。ポストプレーヤーを入れる必要があるのは前線で基点を作って二列目をフリーにするためだが、アーロン・レノンとグレン・ジョンソンは一人でいくらでもスペースをブチ抜けるので今回はヘスキーもクラウチも必要なかったかもしれない。が、これは結果論で、カペッロとしてはヴァトレニが相当リトリートしてくるのでは、という読みがあったのかもしれない。でもビリッチはあまりにもスペースを与え過ぎた。
イングランドは守備専がセンターバック二人しかいない。グレン・ジョンソンは守備では使い物にならない。フォワードもルーニーにしろヘスキーにしろクラウチにしろ迫力不足で、これと言ったストライカーがいない。アーロン・レノンは最強のアタッカーであり凄まじい脅威になり得る選手だが、それに加えてジェラードとランパードという不動の二人がいるのでかえって人材過多で中盤は飽和気味、これはエリクソン時代から懸案だったが、イングランドの中盤の弱点は同じような王様タイプしかいないことが問題なのである。アーロン・レノンがいなくなれば誰もペネトレイトできる選手がいなくなる。グレン・ジョンソンを中盤に上げるしかない。その前にイングランド国民がジェラード、ランパード、バリーのうちどれか一人でも外すことを受け容れる寛容さを持つべきだ。ハドルストーンが理想だがマイケル・キャリックでも良い。アーロン・レノン頼みでは心許ない。

カペッロのサッカーをつまらない、と言う人がいるが、まあまあシステマティックで見ごたえのあるサッカーだった。ほんとうの意味でつまらないサッカーと言うのはオジェックの浦和のようなサッカーのことを言う。


 
 



 
2010 FIFA World Cup TM南アフリカクオリファイ、南米予選のブラジル v チリ。

コンフェデで起死回生の現代風の凄まじいカウンター・フットボールを見せ付けて汚名を返上し捲土重来を果たしたドゥンガ。セレソンは真の意味で王者のサッカーを体得した。カカーという唯一無二の絶対的存在を軸に、フェリペ・メロとジウベルト・シウバが中盤の底を締め最終ラインはマイコン、アンドレ・サントス、ルシオ、ルイゾン、そして「スーペルゴーリー」ジュリオ・セザールの鉄壁。攻撃は基本的にカウンターだがカカーとルイス・ファビアーノとロビーニョ、そしてラミレスやジュリオ・バチスタによる速攻は恐怖以外の何者でもなく破壊力抜群。何より、セットプレーでルシオとルイゾンという強靭なるターゲット・マンが加わることで確実にリスタートからの得点率が向上したことがいまのセレソンの躍進の最大の原動力となっている。さすがドゥンガ。堅実なチーム・ビルディングは紆余曲折を経て、いま収穫のときを迎えている。

対するチリはご存知マルセロ・ビエルサ。背が低くフィジカルが弱い選手ばかりだが徹底してスタミナと運動量であらゆる地域でゾーンプレスをかけ続ける忍耐のフットボールを叩き込み、予選通過は時間の問題。手腕は確かだった。ほんとうに総ての選手がよく走る。ボールを獲られてもバイタルエリアで人海戦術をかけダンゴを作り、徹底的にリトリートして数的優位を作るために走りまくるが、攻撃時にはラインをとことんまで上げる。さすがビエルサ。


この日はセレソンは主力をサスペンデッドで欠く1.5軍の陣容でダニエウ・アウヴェスを中盤で起用していたしフェリペ・メロも調子が良くなくレッドカードを受けて退場までした。それでもニウマールのハットトリックの活躍で確実にチリを突き放す。一方でチリも2-2の同点に一時は持ち込むなど善戦した。しかしカカーの針の目を通すような凄まじいスルーパスが炸裂する恐怖のショート・カウンターに屈した。

ブラジルは今や完全にカカーのチームだが、その強さは徹底した守備意識にこそある。フィジカルの鉄壁を構築し絶対に失点せず、かつセットプレー時にはルシオとルイゾンがターゲットになり確実に点を獲る。リスクヘッジを徹底した完全なるアウト・フットボールで明らかにテレ・サンターナの美学に反するが、何よりもシステマティックでディシプリンに溢れ、力強い。

ドゥンガの最大の勝利は国民の批判に屈することなく堅実なチーム・ビルディングを貫徹したところにある。カペッロにその勇気が持てたなら、デル・ボスケにそういう発想があったなら。間違いなく南アフリカ大会の王者になるのはブラジルだ。イングランドは左右サイドバックが凄まじく攻撃的でアーロン・レノンという素晴らしいアタッカーを要するが、決定的なストライカーがおらず守備要員がセンターバック二人しかいない。スペインは全体的に安定した選手層を持つが、中盤の底にマルコス・セナがいない場合は守備に絶対的な不安がある。センターバックもそこまで突出した選手がいない。フランスは単純に監督がダメだ。イタリアは単純にタレント不足でアタッカー陣に良い選手がいない。ドイツは安定していて隙がないが、これといったコアコンピタンスもなく、やはりフォワードに難がある。アルゼンチンはフランスと右に同じ。ヒディンクのロシアは、やはり侮れない。中盤から守備陣にかけてタレントが程よく揃っている。が、アルシャビンに依存するチームであることに変わりはないかもしれない。セルビアも組織力があり、それなりにタレントもいるが、タイトルレースに絡むまでには至らないか。コンフェデで久々に耳目を集めたアメリカも、ジャイアント・キリングには長けるがグループリーグでの中堅チームとの戦い方にまだ取りこぼしが多い。オランダは怖ろしいチームだが、ロッベンの突破を封じられると何も出来ない意味でイングランドと似ているし、サイドバックがそこまで良くない。

やはりタレントの量とその使い方という意味でブラジルが最強だ。いまのセレソンにはどこにも隙がない。コンフェデ決勝、試合終盤の起死回生のルシオの逆転ゴールでのルシオの凄まじい形相!あれが今のセレソンの象徴だ。
ブラジルは「闘う」チームになったのだ。

ドゥンガ万歳。


[追記] 上記で若干触れているコンフェデレーションズ・カップの決勝のアメリカvs.ブラジルは、すごい試合だった。というより、あの大会はアメリカ代表がすごかった!
準決勝スペイン戦、下馬評ではEUROを制したスペインを推晩する声が圧倒的に大勢を占めたが、デル・ボスケは中盤でセスク、シャビ、リエラ、シャビ・アロンソの4人のテクニシャンを同時起用する“愚挙”を犯す。文字通りのクワトロ・フゴーネス、しかし中盤の底で鎮座すべきはずのマルコス・セナの名前が、そこにはないではないか!圧倒的なポゼッションで上回ろうともアメリカのリトリート・ディフェンスは堅牢であり、そこから繰り出される一気呵成のカウンターは疾風迅雷の如く。・・・そうした戦前の予想が見事に的中する。アメリカはアルティドールのゴールで先制点を挙げるとその後もカウンターからデンプシーのゴールを導き出しスペイン相手に2-0!手負いの獣と化したスペインは自慢の「華麗なポゼッション・フットボール」で逆襲に出るが、ゴール前に飛び出していける選手が少なく、パスに固執し、ダイナミックなロビング・ボールを放り込む勇気を持てないクワトロ・フゴーネスは瞬く間に褪色、アメリカの術中にはまり為す術なく敗北した。
アメリカは強い!プレミアの下位クラブが見せるような完璧な4-4によるツーラインのリトリート・ディフェンスでスペインのアタッカーを迎撃し、明確な運動科学のメチエに依拠した最新のフィットネスで初速・アジリティ・そしてフィジカルの総ての面でトップ・アスリートの強靭さを得た前線のアタッカーたちが大国のディフェンスを切り裂く驚異的なカウンターを見せる。アクセントとなるのはデンプシーのハードワーク、そしてランドン・ドノヴァンのファンタジーだ。
決勝戦のアメリカ vs. ブラジル。意気軒昂と波に乗るアメリカはブラジルに圧倒的にボールを支配されながら完璧なディフェンスでけっしてゴールを割られることなく耐え忍び、むしろ一瞬のカウンターを繰り出す機会を虎視眈々と狙うことで狡猾な"ヒール"を嬉々として演じているかのようだった。そして実際にスコアもアメリカの企図するとおりに推移する。前半9分、右サイドを駆け上がったジョナサン・スペクターからのクロスをクリント・デンプシーがダイレクトではたくと、そのボールはセレソンの最終ラインを力なく横切るもゴールマウスを守るジュリオ・セザールの予期しない、奇矯にして無慈悲な軌道を描いてゴールに吸い込まれる!アメリカ先制!
ドゥンガが苦心惨憺の末に作り上げた完璧な「フットボール・マシーン」はこのジャイアント・キリングの明確すぎる予兆を前に瓦解寸前であった。王国の主力戦車カカーと勇猛なる斥候ルイス・ファビアーノを中心としたディシプリンあふるる攻撃陣はしかし、幾度となく訪れるチャンスをモノにすることができない。窮鼠ネコを噛み、浮き足立った強者の心理は微妙である。わずかなバランスの変化によってそのモーメンタムが容易にもとの平衡を取り戻せない。
ほどなくして次にスコアリング・ボードを動かしたのは、またもアメリカであった!怒涛のような王国の攻撃を断ち切ったアメリカはそのまま凄まじいカウンターへと移行、ルシオ、ルイゾン、マイコンが守る最終ラインまで大きく間延びした無人のバイタルエリアをチャーリー・デーヴィスがアタッキング・サードまで猛進、見事なフリーランで並走したランドン・ドノヴァンへラストパスを送るとドノヴァンは大きめなトラップで華麗にディフェンスをかわし豪快なシュートを突き刺した!アメリカ、2-0!大国を相手にまたも2-0!
2点ビハインド、完全に追い詰められたブラジル。しかし、鬼神ドゥンガに率いられた最強のモンスターはここで驚異的なメンタリティを発揮する!
後半、ルイス・ファビアーノの粘りの個人技からのゴールで一点を返すと、王国ブラジルの最強ビースト軍団が鼻息荒く反撃の狼煙を上げる。各国のトップ・クラブを遍歴し、実力で名声を奪い取ってきた「怪物」たちが憤怒の形相で襲い掛かるその様は凡庸なスペクタクルを凌駕し、もはやホロコーストと換言する他ない。特筆すべきはカカーである!端正な顔立ちと流麗なプレー・スタイルで鳴らしたファンタジスタの姿はもはやどこにもなかった。それは怒りに打ち震えわめき狂った一人のバーサーカーであった・・・。73分、寸毫の隙もなくゴール前を固めていた「はず」のアメリカの完璧なディフェンスをカカーは敢然と左からペネトレイト、追いすがるアメリカのディフェンス陣をブチ抜いてゴール前を蹂躙、完璧なラストパスを送るとロビーニョが強烈なシュート、ポストに激震を見舞った凄まじい衝撃の余韻も冷めやらぬままにリバウンドはルイス・ファビアーノの目の前へ、あとは執念で押し込むのみであった!ブラジル、同点!!!
前半でゲームプランを忠実に遂行したアメリカに対し、圧倒的な精神力とここ一番の集中力でそれに抗したブラジル。万策尽き果てた両軍を最後に分けたもの・・・それはやはり、同様に「強靭なメンタリティ」であった。絶対にあきらめない。絶対に殺す。絶対にブッ殺す!!!その凄絶なまでの執念が遂に炸裂する。お定まりのクリシェを並べるならば、「誰もが延長戦突入を予想した試合終了間際」、エラーノの右からのアウト・スイングのコーナーキックをブラジルの物理的・精神的両面の支柱である唯一絶対神・ルシオが叩き込む!!!3-2!!!ブラジル、怒涛の逆転劇!!!

最新のスポーツ科学に立脚した確かなスカウティングとフィットネス・コントロールで堅実なチーム・ビルディングを行ってきたボブ・ブラッドリーのアメリカ代表はまさに現代サッカーの申し子としてスペインのファンタジーを駆逐した。それはある意味で当然の帰結であった。デル・ボスケのファンタジー崇拝は息の根を止められた。何事も死に物狂いで懸命に走ったものが勝つのだ。そうでなければならない。
しかし、その貧者の矜持、弱者の死に物狂いにも勝る強靭な精神力でジャイアント・キリングを一蹴してしまえる点に、いまのドゥンガのセレソンの凄まじいまでの強さが宿っている。いまのブラジルは最強だ!!!圧倒的なテクニックと同時に、殴られても転んでも死んでもタダでは起き上がらない不屈の精神力がプラスされているからだ。ドゥンガ万歳!ドゥンガ万歳!!!

ブラジル最強。



レネ・イギータ・・・。その名前を聞いたとき、あなたはどんな心象を抱くだろうか。大方のサッカー・ファンならばこう答えるだろう。「ああ、あのバカね。」
 
renehiguita.JPG


そう、レネ・イギータ(Rene Higuita)は恐らくサッカー史上最高のバカである。コロンビア代表GKという華々しいキャリアを持ちながら、ゴーリーとしてのスキルやリザルトの側面から語られることが全くないサッカー選手。彼が話の妻に持ち出される場合は十中八九、そのバカ炸裂のプレースタイルがもたらす究極の一発芸の数々において語られ、そしてバカにされるのである。



まずは、この映像を観てほしい。念のために一応言っておくが、これはアニメでもCGでも合成でもなく、実際のサッカーの試合(しかも代表Aマッチ)で起こった現実の出来事である。



イングランド v コロンビアの親善試合、当然あの聖地ウェンブリーで1995年の9月7日に行われた歴としたフレンドリー・マッチである。ジェレミー・レドナップのロビング・シュートは打ち損じであり、どう考えても普通にキャッチすれば何でもないシュートであったが、この「どう考えてもそうする」をしないのがレネ・イギータであるボールの弾道を計算したレネ・イギータはゴールラインの真上で突如としてジャンプし、ボールがゴールインする直前で海老反らせた両足で豪快に蹴り出しディフェンス・ラインまで跳ね返したのである。このわけのわからないビッグ・セーブのあと、誇らしげに両手を挙げるレネ・イギータだが、当然、敵味方問わずピッチ上の総ての選手やコーチやサポーター、そして今日の我々を含む普通の凡人たちには彼の行動が理解できなかったし、マスコミはとりあえず「21世紀のゴールキーパー」と適当に褒詞を送ったが、当然、21世紀になった今でも彼の行動を理解することはできていない彼はサッカーにおけるフェルマーの最終定理なのだろうか?




孤高のゴールキーパー、レネ・イギータ。彼のプレースタイルはまず、バックパスの処理の仕方から個性的である。普通のGKならばバックパスされれば手をつかってキャッチすることが出来ないので急いで最終ラインに返球するか大きく前線へロングフィードするものであるが、この「普通ならそうする」をしないのがレネ・イギータであるバックパスされたらとりあえずドリブル普通のGKならば相手の選手がフォアチェックしてきたら急いでとりあえず前に蹴り出すものだが、彼の場合はその選手をフェイントでかわす

どんなに優れたドリブラーでも毎回ディフェンスを抜けるとは限らないし、フェイントも毎回成功するとは限らない。況やGKをや。レネ・イギータの「バックパスされたらとりあえずドリブル」がどれだけ成功してきたか、その精確な統計を知らないので何とも言えないが、恐らくその失敗例の中でもっとも重大な失敗は1990年のワールドカップのラウンド16におけるこのシーンである。



コロンビア v カメルーン。1-1で延長に入った前半、センターサークル手前のコロンビアの最終ラインとパス回しをしているイギータ。これは別に珍しいことではないが、ひとつだけおかしいのはそのときの彼の位置がディフェンスラインのほぼ中央(あたかも普通のザゲイロであるかの如く)であり、しかも二人のザゲイロよりも若干前目であり、更に目と鼻の先にカメルーンの選手がいて今にもイギータに襲いかかろうとしていたということである。まず、普通のGKならワールドカップのベスト8がかかった大一番で、センターサークル付近で敵の選手の目の前で悠長にパス回しなんかどう考えてもしない。危ないから。でもその「普通ならどう考えてもそうしない」をするのがレネ・イギータである。かくして、カメルーンの選手の目の前で余裕ぶっこいてパス回しに参加するイギータ。当然、身体能力を活かしたカメルーンの激しいプレスに遭うが、これを彼はドリブルでかわそうとする。もちろんかわせるはずもなくボールを奪取され、無人のゴールマウスにボールを流し込まれて万事休す。


このときイギータにプレスをかけてボールを奪いゴールしたのはあのロジェ・ミラであり、その意味で歴史的な瞬間だと言えるのだがその影でイギータが密かにロジェ・ミラを後ろから削っているのが何ともいじらしいというか何というか。
そもそも、イギータはあの位置でパス回ししていったい何をしようとしていたのだろうか?ひょっとして、そのままドリブルで駆け上がってカメルーンのディフェンス陣の中を単独突破とか、 素敵なことを考えていたのだろうか。だとしたらただのバカ出たがりだが、たとえそうだとしても何を今更という感じもする。イギータだから無問題!!!わけわかんないけど、そこがイイ!!!
レネ・イギータはサッカーにおける超弦理論である。

尚、これに関して(カメルーンの選手の目の前でパス回しに参加してプレスをドリブルでかわそうとして失敗し、そのあとロジェ・ミラを削りに行ったことも含めて)イギータは「ぜんぜん後悔していない」とのこと。さすがイギータ。




サッカーとは攻撃のスポーツ。その攻撃の基本スキルであるドリブル。生粋のドリブル星人でありながら何故かゴーリーになってしまったレネ・イギータはそのジレンマに苦悶しながらも試合中に幾度となくドリブルを繰り返す。時にはタッチライン際まで駆け上がり相手ディフェンスを何人も抜いたり敵陣のコーナーフラッグ付近でボールキープしたりとよくわからんがとりあえず神レヴェルのスゴ技を見せて現役通算30ゴール以上をマーク、代表戦でも3ゴールをマークしているイギータだが、当然、フリーキックも蹴る



フリーキックやペナルティ・キックをゴールキーパーが蹴ることは今日ではそんなに奇異なことではない。有名な例ではサンパウロFCに所属するブラジル代表ゴーリーであるロジェリオ・セーニ。数年前にクラブ・ワールドカップでサンパウロの正GKとして来日しリバプールFCに勝利したことでご存知の方も多いと思うが、彼の左足の技術には定評があり、現在までにプレースキックから75ゴールを挙げている。他にもアルゼンチン代表経験のあるディエゴ・サーハ、ベネズエラ代表経験のあるラファエル・ドゥダメル(1997年のワールドカップ地区予選でアルゼンチン相手に直接フリーキックを決める)など、プレースキックを蹴るGKは存在するが、その先駆となったのはパラグアイの英雄ホセ・ルイス・チラベルトであり、そしてその嚆矢となったのがレネ・イギータなのではないだろうか。レネ・イギータはロジェリオ・セーニやチラベルトほど精確なキックの技術があったわけではないと思うが、それでも現在までに通算30ゴール以上を挙げているというリザルトが物語るものは大きい。特に1989年のリベルタ・ドーレス杯の準決勝、リーベルプレート v アトレティコ・ナシオナルで叩き込んだ直接フリーキックは伝説として今日でも語り継がれている(アトレティコ・ナシオナルはその後リベルタ優勝、トヨタカップでもACミランを破り世界一戴冠、イギータも来日した)。
 

「Reneeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」の絶叫には感動せずにはいられない。



ゴールキーパーというポジションは現在、大きな過渡期を迎えつつある。GKにも足元の技術が求められ、なおかつ精確なパスやロングフィードで最後部からビルドアップに参加する能力が必要となっているのだ。GKは通例はペナルティ・ボックスの中に留まり、その中では手も使えるためにもっともプレッシングの被害を受けないで済むポジションであると言える。アリゴ・サッキのもたらしたゾーンプレスの革命のあと、プレッシングの病理に苛まれた現代サッカーはファンタジスタの住処をサイドへと追いやりゲームメイクの基点をサイドバックにまで押し下げてしまったが、今後ゲームメイクを安心して行える場所はGKだけになるかもしれない。それについてオシム監督はこう語っている。
「GKには足でプレーすることが求められてこなかった。今は徐々にではあるけれど、足もそうだし、早く、それからアグレッシヴに、規律もより厳密に、フィールドプレーヤーがマークやポジショニングを求められるのと同じように、GKもそういうプレーを求められている。なせならば、フィールドプレーヤーはそれぞれマークされたりしたりで、プレッシャーをお互いかけ合っている状態で、プレッシャーから比較的自由なのは今やGKしかいないからだ。(中略)時代の要請でそういうGK像が求められている。しかしこれまでも偶然に足でのボール扱いがうまいGKが何人かいて、そのGKがそれぞれ、ほぼ例外なく成功して良いGKになっている。だから、今までもいなかったわけではない。個人的に、またはそのチームのGKコーチとの努力で、いろんなトライをして、他のGKとは違う練習をしてうまくなっていった例だと思う。有名なGKにメキシコのカンポス、コロンビアのイギータがいたが、それはたぶん彼らがそういうプレーをやりたくてトレーニングした結果だ。しかしそこである程度GKとはこういうものだという既成概念を破る役割を果たしてくれたのだと思う彼らがリスクを冒してくれたおかげで進歩できた
(サッカー批評 ISSUE34より)
 

ゴールマンであるにも関わらずスイーパーのように、或いはフォワードのようにプレーし、果敢にドリブルで駆け上がりそのたびにボールを奪われて失点を招いたりした偉大なるバカ、レネ・イギータ。彼がピッチ上で見せてきたさまざまな一発芸は今日、現代サッカーのプレッシング下においてGKのリベロ化という成果として形を変えて息づいている。しかし、何よりも重要なのはサッカーのルネッサンスとしてサッカー・パラダイムを変えることではない。既成概念を破り、先入観を変えることなのだ。GKはバックパスをすばやく処理しなければならないと、誰がいつ決めたんだ?GKがドリブルで駆け上がってはいけないと、誰がいつ決めたんだ?レネ・イギータが真の意味で偉大だったのは彼がサッカーに対するアンチテーゼであったからだ。サッカー選手のプリンシプルを作為的に破壊し、サッカー・パラダイムにたったひとりで挑戦した男。あらゆる常識と定石を打ち破った男。


「おまえはゴールキーパーだから、おまえは派遣社員だから、おまえは地域住民だから、身の程を知り、それ以上の夢は見るな。夢を見て失敗してもそれはおまえの自己責任だ」
 
レネ・イギータはそうした既成概念、常識、コンセンサスと戦ってきたのだ。たったひとりで。多数決原理で圧殺されるマイノリティとして。サッカーというスポーツが強者の宮廷遊戯ではなく、弱者の希望であるのならば、レネ・イギータこそサッカーの真のヒーローだと言えるのではないだろうか。


レネ・イギータ。愛称El Loco(英訳:Mad Man)。狂気に満ちたプレースタイルと一世一代の一発芸の数々でサッカー・ファンの失笑を買い、嘲笑され、そして熱いリスペクトを贈られつづけている男。あらゆる常識と定石を打ち破ってきた孤高のゴーリー。サッカー宇宙を闊歩するシュレディンガーの猫。御齢42歳、未だ現役。彼は今日もコロンビアのサッカー場で戦いつづけている。 (註)


おれもいつか、レネ・イギータのようになりたい。


参考URL:
Rene Higuita - Wikipedia
レネ・イギータ - WIkipedia
renehiguita. net






[追記] 「未だ現役」と書いてますが、あとで調べたらデポルティーボ・ペレイラとの契約は2008年までで更新されず、現役を引退し、いまでは城彰二が在籍していたことで知られるスペインのプリメーラ所属のレアル・バジャドリーでマネージング・スタッフとして働いているそうです。願わくば革命的なGKコーチとして充実した第二のキャリアを歩んでいってほしいものです。がんばれイギータ!
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島根県のハードコアバンド、ヤンキー少女改め、SOFT、改め爽やかJ-POPデスメタルバンドPOSTOVOIのギター・ボーカルです。

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