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島根県のハードコアパンクバンド、ヤンキー少女、改めSOFT、改めストーナーロックバンドPOSTOVOIのボーカルjunkieの公式ブログ!!!
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はじまったよ、U-20ワールドカップ。

日本対スコットランド。
スコットランドの監督は、なんとゲミル!アーチー・ゲミルの名前は日本ではサッカーファンより映画ファンにとってこそ馴染みのあるものではないか。彼の1978年ワールドカップにおけるゴールが映画「トレインスポッティング」において大々的にフィーチャーされているのだ。ユアン・マクレガーが行きずりの女とのセックスシーンで「オランダ戦のゲミルのゴールよりしびれた」というせりふを遺している。
スコットランドといえば、去年ワールドカップ直前のキリンカップで日本もAマッチで対戦している(0-0)。あのときのチームはちょうど新色のジャージーに身を包み、当代スコットランドの持病であった高齢化へのアンチテーゼとして世代交代を急速に進めていた非常に若々しいチームだった。欧州地区でのレギュレーションがどうなっているかはよくわからないが、スペインに続いてスコットランドは2位通過で出場を決めたチーム。ちょうどあのころに前後してユースのスカウティングも活発になり、これから来るまだ見ぬゴールデン・エイジを模索する文字通り若いチームであることだろう。

日本のスタメンはGK林、ストッパーは福元、槙野、両サイドには内田、安田、中盤の下がり目に田中、青山、中盤アウトサイドには左に梅崎、右に柏木、ツートップは河原、森島。ボックスタイプの4-4-2で、基本的にはサイドアタックのチーム。ダブルポストでアウトサイド(梅崎、柏木)にすばやく配給、そこに内田、安田が積極的に絡んでいく。やはり、攻撃の基点はポゼッション重視の遅攻よりも速攻、典型的なリアクション・サッカーとなる。守備的な選手がボールを奪った瞬間に中盤アウトサイドやツートップがラインの裏を狙う動きをして、自陣から積極的にロングフィードを放っていくのが攻撃の基本。単なる放り込みサッカーに堕してしまう可能性があるが、梅崎や柏木はともに中盤を幅広く走れる選手。両アウトサイドの運動量と突破力が鍵となる。現代サッカーにおける攻撃とはやはりカウンターなのである。ボールを奪うとそれが最終ラインに近ければ近いほど、ロングフィードを送る(これはクリアと同義であり、防御から攻撃へと素早くスイッチさせるプレー。逆に攻撃していた側は瞬時にマーキングへと移行しなけばならない。言うまでもなくそのイニシアティヴはロングフィードの時点でボールを保持しているチームにある)。逆にハーフウェーライン付近、エリアに近ければ近いほど、ショートパスとダイレクト主体のパスサッカーによるサイドアタックが効果的となる。ただし、これには最低3人は片方のサイドで攻撃に絡まねばならない。このようなサッカーは、スルーパス、キラーパス主体の古き良き「司令塔」の名残を残す中央突破をあらかじめ放棄している。しかし、現代サッカーはそこから立脚したカウンターサッカーの亜流であり、その意味ではU-20日本の実践するサッカーとは当代風である。だが、こうして書いてみるとやはりいままでの大熊・山本の15秒ゴールとかの情けないサッカーと同じ、って感じもする。するんだけど、今回のチームはもっと徹底して極めてミニマルなカウンターサッカーをやっている。変にスルーパスとかは狙わずに、徹底的にサイドに開いて少ないタッチで突破、それが不可能ならばアーリークロスを上げる。こういうのが徹底している。梅崎や柏木のタメも総てサイドアタックのためなのであり、それに、こっちがボールを持たされている時間帯にも、やはりロングフィード主体になってしまうのだが、中盤、前線の運動量で何とか形になる攻撃を、まぁ、しようと思えばある程度はできるのである。
さて、試合自体は3-1で勝ち、日本ペース。スコットランドもなかなか視野の広いセンターの選手を基点にする現代的なサッカーで、サイドアタックの組織サッカーを徹底していた良いチームだっただけに、こんなに日本がスコア上では圧勝して、なんだか不思議な感じがする。
スコットランドも日本もツートップ、4バックで、日本はツートップが守備的な中盤と両サイドバックをゾーン気味に見ていく、両アウトサイドはサイドバックを、二人のストッパーがそれぞれ相手トップを見る、こうしたマーキングで、相手がコンパクトになるだけこっちのツートップとアウトサイドはサイドバックの選手をプレスしやすいわけで、致命的なマークのズレは起こらなかった。ロングボールは総て両ストッパーが処理し、ポストをさせなかった。しかし、いちばん日本にとって大きかったのは、ボールをまったくセンターで失わなかったこと。だいたいチャンスでは日本はみんなシュート、もしくはサイドアタックへのショートパスを選択し、基本的にサイドでボールを失っていたので、マーキングの移行は比較的ラクだったのである。サイドがボールを奪ってもスコットランドの攻撃の基点となるセンターハーフには既にこっちのセンターがマーク、サイドもコースを消しているのでボールは往々にしてロングフィードとなり、こっちとしては攻撃が読めてしまう。要するに、今回の結果は日本の攻撃がうまくいっていたというよりも、守備的な利点が活かされた守備の勝利だったと言える。証拠に、日本が3得点し色気を出し始めて中央突破とスルーパスを連発しだした辺りから、必然的にセンターでボールを奪われることが増え、スコットランドはセンターがフリーとなりアウトサイドへの効果的な配給を許し、結果的に日本は失点してしまうわけである。
日本の攻撃は、やはりエリア付近では精度の低いショートパス連発になってしまうし、サイドアタックのあとも凡庸なクロスで味気のないものだったが、要するにそんなものでもチャンスを多く作ればいつかは点が入るわけで、ツートップの守備参加と両アウトサイドの運動量とタメがダレずに続いたことがプラスに作用した。それさえちゃんと機能していればあとは確率の問題である。単調だと言われようがショートパス主体のサイドアタックは相手にとっては脅威で止めようがないわけで、それが日本の数少ない武器である。ダブルポストがあまりにも簡単に機能したのには少し驚いた。あれはどういうわけなんだろう。
試合自体も守備的なものではまったくなく、今年のU-20日本は近年かつてないほどの攻撃的なチーム。多くのラッキーが重なったとはいえ、見ていて楽しい試合だった。スコットランドも最後まで闘志あふれるプレーを見せてくれた。また、内田が試合後半はまるで消えていた反面、安田の攻撃参加が目立っていたのは、あれは内田がセンターに絞って相手のトップをケアしていたからではないか。安田のスペースを福元がカバーし、そのスペースを更に内田が見ていたのではないか。内田の攻撃参加が活きなければダメなチームと言われていたが、いまではこういった相互関係も機能しているのである。

続く相手はコスタリカである。スコットランドがポゼッション重視というよりも日本同様の堅実なサイドアタックのミニマルなサッカーを志向していた反面、おそらくコスタリカはテクニック中心の中央突破タイプのポゼッション・サッカーをしてくるのではないか。その場合、日本はあまり中盤をアンカー的にフォローしかつ走り回れる献身的な選手がいないので、相手のポゼッションでかなりの運動量を消費してしまう可能性がある。基本的にサイドアタック中心のカウンターサッカーは運動量なので、プレッシングに付き合わされた挙句に状況打開を目指す闇雲なロングフィードは相手に読み込み済みの拙攻でしかない。場合によっては、日本のサイドアタックはまったく機能しない。
おれがコスタリカの監督だったらどうやって日本を倒すか。まず、梅崎と柏木の両アウトサイドを、できるだけ押し込めればいいわけである。守備参加させて、また、仮にボールを奪えてもセンター付近だったり、自陣で奪わせたり、そういったことをさせればいい。彼らはサイドに渡れば怖いのであって、彼らがセンターでボールキープしても安田や内田のオーバーラップさえケアしておけば簡単に攻撃は終わる。それを考慮して無理にスルーパスの中央突破を狙ってきてもらえれば、余計にオーケーである。
おそらくコスタリカは中盤より下がり目のアウトサイドに攻撃的な選手を入れて、逆にセンターでの守備力を強化してくるのではないか。その意味でワントップ、中盤を厚くして来る可能性がある。梅崎と柏木を攻撃的なアウトサイドにマークさせ、できるだけ彼らに攻撃参加させない。
日本はやはり、中盤を走り回れる選手が欲しい。今回は途中で田中に代えて入った藤田がそれにあたるだろうか、しかし、いまいち全員が技巧派である。これはいまに始まったことではないけどね。
ただ、スコットランドでダブルポストがあれほど機能したのであるから、コスタリカに対しても同じことが言えるのではないか。あまりこういう話はしたくはないが。森島は絶対的なポストであり、ハーフナーはやはりバックアッパーである。河原と青木だが、彼らは彼らで少しタイプは違うのではないか。青木は何といってもスピードと運動量である。スコットランド戦でもAFCアジアユース同様にスーパーサブで、というより河原の運動量が落ちたから交代みたいな使われ方だったけど。でも、青木は個人的に応援したい選手である。

ところで、「効率の良い」という言葉を使うことが、ことサッカーにおいて最近増えている。
少ないチャンスで得点し、尚且つそれが試合を決定付けるゴールだった場合、「効率の良い攻撃」という言葉を使うのである。思うに、これは決定力不足というものと同等のアドホックなテーゼでないか。今日の試合も、森島の先制点はラッキーだったし、青山のミドルもある意味でラッキーだったが、やはり「効率の良い」という言われ方をするのだろう。しかし、これはある意味で決定力不足という揚げ足取りに対してある事実を明示してはいないか。決定力が逆に飽和な状態というのがこの試合の日本みたいな感じなのである。ゴール前での決定力というものは結局、(言い方は悪いが)その程度のものなのである。「効率の良い」プレーというものは、そのまま決定力賛美の勝利主義に直結してしまうが、そんなものいくら目指したところで、こっちとしてはクソおもしろくもない試合を見せられるだけである。しかし、困ったことに、Jリーグでも比較的、(赤いチームなんかとは対照的に)攻撃的なチームの監督でさえ、たとえば関塚さんや西野さんなんかが「効率の良い」云々を言い出しているのである。だから、川崎は煮詰まった個人技サッカーで、ガンバは外国人過多の傾向があるんだよ、と言いたいところだが、しかし、そもそもおれは「効率が良い」という言葉は嫌いである。なぜ、こんなにこの言葉はムカつくのだろう。
「効率」という言葉そのものが気持ち悪い。血も涙もない成果主義者、新自由主義者が好んで使う言葉であるが、その前提には冷酷な自己責任論と市場万能論がある。既に手段は与えているのだから、それに気付かないでいる君たちが悪い、そういう論理である。しかし、「効率が良い」とかどうかとかは、所詮は結果論である。低所得者たちに対して「君たちは自らそういう道を選んだんだ」という考え方は、実は単なる結果論でしかない。結果から導かれる可能性のひとつでしかない。
ことサッカーにおいて、なぜこういう言葉が使われ出すのだろう。サッカーは基本的に無駄走りのスポーツである。報われない走り、まったく対価の支払われない走りが多過ぎる。どんなに運動量豊富に駆けずりまわっても、負けるときは負ける。そういうスポーツである。それで、彼らは結果だけ見て「効率が良い」という言葉を使うのである。
そういうひとたちは世界が簡単に色分けできると考えているのだろう。そして、そういった色分けのできるものしか愛さないのだろう。
そういう生き方が悪いと言いたいわけでもない。そういう生き方もある、ということである。
あなたたちにはそれができるかもしれない。でも、おれにはできない。絶対にできない。

U-20ワールドカップ 日本 vs. スコットランド (3-1)

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