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島根県のハードコアパンクバンド、ヤンキー少女、改めSOFT、改めストーナーロックバンドPOSTOVOIのボーカルjunkieの公式ブログ!!!
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ノイタミナ枠最高傑作の呼び声高い「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」のハリウッド・リメイクとして巷間で話題の『SUPER 8』を観ました。学校の文化祭に出品するためにゾンビ映画を撮りつづける超平和バスターズの面々が周囲の無理解や自我の発動に戸惑い葛藤しつつもそれらの障害を超克して成長していく様を描いた初恋と青春と二次性徴炸裂のノイタミナ完全オリジナルテレビアニメと思いきや、ぜんぜん違いましたよ!
ていうかコレ、普通の人が観たら全員怒るよ!おれはおもしろいと思ったけど・・・


どこがどう問題なのかというと、もちろん最後のオチもそれはそれでいろんな意味ですごいし(どれくらいすごいかというとシャマラン映画がぜんぶ傑作に思えるくらいすごい。ていうか会社もこんな脚本によく金出しましたね。)、その全人類脱力のオチのあとのエンド・クレジットで延々と垂れ流されるアレも身の周りにいる人間を誰でもいいから適当に殴り殺したくなってくるほどの怒りと殺意を観る者の脳裏に植えつける凶悪なドゥーム映像ですさまじいのですが、最大の問題点はそうやってあらかた観客をブチ切れさせたあとに劇場の大迫力のPAの凶暴な重低音に乗せて放たれる「マイ・シャローナ」の殺傷力にあるのではないでしょうか。わたしがそのとき感じていたのは、人生の無常でした。

『SUPER 8』を観た誰もに同意していだけると思うのですが、この映画はラストまではほとんど完璧なジュヴィナイルで、映画としても超一級品の大傑作なのです。子どもの邪悪さと表裏一体の無邪気さに少年少女の淡い初恋の想い出がオーバーラップしてスティーヴン・キングの散文世界のキャッスルロックに迷い込んでしまったかのような錯覚を起こさせる完璧な脚本と演出に血と肉片のシャワーと宇宙人を巡るスチームでバチェラーなミステリーが絡み合い渾然一体となった極上の映画体験!ここまでは完璧!しかし、ここまで至高のパゴダを精巧に積み上げておきながら、J・J・エイブラムスとスティーヴン・スピルバーグはそれらのカタルシスを全部帳消しにするすさまじい脱力オチを投下し、エンド・クレジットで観客の神経を逆撫でし、最後に「マイ・シャローナ」を爆音で流すという観客をナメまくった暴挙に出ます。思うに、これはこういうことなのではないでしょうか。

この映画を楽しみにしていた人たちというのは、基本的に孤独でオタクで外界に出て外部とコミュニケーションするのがイヤだけどeBayやヤフオクでコレクターズ・アイテムをスナイプすることにかけては膨大な時間と金を浪費し日夜オタクワールドのタオ(道)の探求に血道を上げる、ある意味で愚直でバカでアホな求道者であるはずです。普通の人と彼らが明らかに違う点は、前者が普通の日常を普通に送るためにはそれ相応の負担をするのも詮無きことと考えているのに対し、後者はそういう負担をするくらいなら自らのオタク・キングダムの領土拡張と失地回復の孤独な闘争に心血を注いだ方が絶対に良いと考え、基本的にそれ以外のことに関しては心の余裕がなく無頓着である、ということです。彼らはオタク・ギャラクシーのフォースに導かれるがままに「普通」という浮世を捨ててキップルに溢れた自らの内宇宙へと出奔した、孤独な旅人です。たまに子どもの頃を思い出したり昔の友人が普通に幸せに過ごしているのを横目に見たりして「普通」の生活が恋しくなってしまうときもありますが、この道に来るために訣別してきたものがあまりに多すぎるためにもう今更ひきかえせないので、鉄の掟で自らを戒め、再び踵を返してタオの探求に舞い戻るのです。このような孤独な殉教者たちが唯一心の拠り所とするのが、自らが「普通」の生活と引き換えに追い求めるキップル、即ちガラクタです。彼らにとって唯一絶対の価値は、それがモノであり、それにプレミアムが付随していて、そしてそれを所有しているということです。彼らは孤独なのでモノとして所有していないと自らの手の内にあることを理解できず安心できないのです。彼らは自らに欠損している他人への/からの愛情というピースを補うために、昔子どもの頃に一瞬だけ味わったそれらのピースを見よう見真似で想像しながら、その「想像上の安らぎ」に合致するアウラをモノに見出し、それを必死で所有しようとするのです。これがフェテシズムというものです。「普通」の人なら安らぎというものが所有しようと思っても所有できないものであるということをうすうす知っていますから、こういう愚挙妄動に走ることはないのですが、孤独な旅人はそれがわからないので膨大な時間と金をつぎ込んで必死に「安らぎ」という名のデッドストックを捜し求めるのです。


そういう孤独な人たちにとって、『SUPER 8』は安らぎの処方箋となる貴重なキップルであるはずでした。彼らの想像上の少年時代の想像上のユートピアで想像上のゾンビ映画作りと想像上の初恋に興じることができる、夢のような映画のはずでした。でも、実際はそうじゃありませんでした。

ラスト5分間まで映画は完璧な安らぎ処方箋でしたが、最後の最後でとんでもないクソなオチがぜんぶなし崩しにして、エンド・クレジットではそのクソが更に肥大化し、そして最後には「マイ・シャローナ」が爆音で流れました。孤独で繊細な彼らは、泣き出してしまったかもれしません。こんなクソはおれが望んでいたものじゃないと。ここに安らぎなんかないと。
しかし、これで良かったのかもしれません。
わたしが最後の「マイ・シャローナ」を聴きながら感じた絶望的な虚無感とやるせなさは、かつて訣別したはずの「普通」という名の病理が、実はもっとも得難い宝物であって、そしてそれを手に入れるために引き返すにはあまりに遠くに来すぎたことに気付いてしまったときの耐え難い苦痛に似ていました。いつのことからかはもう忘れたけど、わたしたちは「普通」というものに見切りをつけ、それよりももっと価値のあるものを探す孤独な旅、無限のタオを歩き続ける孤独な人生を選びました。それが悪い選択だったかどうかは、はっきり言ってわからない。でも「普通」の生活を送る幸せな人々を見ていてたまに思うのは、あのとき、自分が飲んだピルが別のピルだったなら、ひょっとしたら、もしかしたら、いまとは違う人生もあったかもしれないということ。でももう戻れない。失ってしまったものがあったとして、それを取り返すにはもうあまりに遠くに来すぎてしまった。

「マイ・シャローナ」の誰かをブチ殺したくなるような脳天気なコーラスを聴きながら、あの日「普通」と訣別した総ての孤独な旅人は、もうあの頃には戻れない、「普通」には戻れないという厳然たる事実を改めて噛み締めることになるはずです。そして、そのとき彼らは、何を思うのでしょうか。

『SUPER 8』で活写される少年少女の交感の情景は、ある意味で孤独なタオを歩む旅人たちがかつて夢見て、そして叶えられなかったファンタジーであり、過去にも未来にも存在しないものです。わたしたち孤独な旅人は孤独のあまり、ついそのことを忘れてしまいます。そんなものがアニメやゾンビ映画の中にしか存在しないことを、この現実の中にはそんなものなどどこにも存在しないということを、わたしたちは忘れてしまうのです。そうでもしないと寂しくてやっていけないからです。タオを行く苛烈な旅路は、孤独で、孤独で、とても孤独なものだからです。

でもわたしたちはそのことを思い出さなければいけません。「想像上の安らぎ」などどこにも存在しないということ。あったとしてもそれは「普通」の生活という、人類が為しえたものの中でもっとも困難で厳しい営為の中でしか実現できないということ。そして、もうその「普通」には戻れないということ。

思えばスピルバーグの『未知との遭遇』のリチャード・ドレイファスは、『SUPER 8』で謳われていたキモキモしいオタク像を徹頭徹尾貫き通したパーフェクト・ヲタでしたが、それでも嫁さんと子供がいて未確認飛行物体と第三種接近遭遇を果たすまでは普通の生活をしていました(後半でついに愛想つかされちゃいましたが)。おそらくこの映画が作られた70年代はまだ、こういう重度のオタクでも人並みに家庭をもって普通の生活を送ることが許されていたのでしょうが、残念ながら21世紀の昨今、そのハードルはけわしく厳しく果てしなく高いものだと言わざるを得ません。

『SUPER 8』のラストが物語っていたのは、そうしたあまりに厳しい、残酷な現実でした。

現実を見ろヲタども。もうオマエらに普通の生活は無理だということにいい加減気付け。そして、目の前のタオをただ突き進むがいい

最後にジョー少年が宇宙人に言い放ったのは、或いは、こういう言葉だったのかもしれません。



いろんな意味で『SUPER 8』は涙なくして見れない大傑作なので超オススメです!

なんの予備知識がなくても楽しく見れる映画ですが、一応ヲタ道というタオに人生を捧げたオタクの悲惨な日常がどんなものかを理解していればより一層楽しめると思いますので、事前に見ておくといい映画を簡単にリストアップしておきます。

  • 『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』 古典。必須。基礎中の基礎なので見てない人はとにかく見ましょう。
  • 『ゾンビ』 古典。必須。基礎教養。これ見てないとか話にならないのでとにかく見ましょう。
  • 『バッド・テイスト』のメイキング・ドキュメンタリー『グッド・テイスト』 インディーズで映画をつくるということがどういうことか、そしてオタクが底辺から這い上がるにはどれだけ努力が必要か。これを見れば総てわかる!ほんとに!マジで!涙なしでは見れない傑作中の傑作なのでみんな見ましょう。(旧版DVDをオークションで購入すれば見れます)
  • 『未知との遭遇』 古典。
  • スピルバーグの方の『宇宙戦争』  大傑作。ワーキングクラスブルーカラー親父(トム・クルーズ)の孤独!そしてダコタ・ファニング!
そして、
  • 『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』

いつだって、いつまでだって、なかよしなんだ!

みんなもこっち側に来なよ!!!(涙を流しながら!!!)
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自己紹介:
島根県のハードコアバンド、ヤンキー少女改め、SOFT、改め爽やかJ-POPデスメタルバンドPOSTOVOIのギター・ボーカルです。

バンドとは別にソロプロジェクトとして、チップチューン・デス・メタルを追求するF.O.D(Fuck or Die)をはじめました。MySpace

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