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島根県のハードコアパンクバンド、ヤンキー少女、改めSOFT、改めストーナーロックバンドPOSTOVOIのボーカルjunkieの公式ブログ!!!
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Coaltar of the Deepersのエンディング・テーマのディストーション・ギターが雪崩れ込んできたその瞬間、あまりの出来事に鳥肌が立った。第8話、第11話、第12話は特に凄い。終始圧倒されたままタコ殴りにされて行きがけの駄賃で頭蓋骨を叩き割られた気分だ。
なんでここまですごいアニメが作れるのだろう。このアニメは間違いなく、日本の、東アジアの、世界の、人類の、地球の、その総ての歴史を塗り替える。

ふだんおれたちが生きているこの社会には、実体はおぼろげで視認することはできないけれど、それでもおれたちとその行動を厳然と連綿と縛り続けている「何か」が存在する。おれたちを制限し、支配する「何か」が、名前も形もわからないけれど、確かに存在する。
そういう社会規模の支配や隷属や束縛のことを聞くと、例えばビッグブラザーのように極端なパノプティコンをつい連想してしまうし、人々は自由やその対極の概念の話をすると常に所得がどうとか格差がどうとか、ファシズムがどうとか末期資本主義の優生思想がどうとか言い出したがる。でも、ここでおれが言う「支配」はもっと別のものだ。電話回線が、サーバーが、無線LANが、もしくは銀行の預金口座が、常にセンサーシップの網にかけられ、都市に張り巡らされた無数の監視カメラが、空港のスキャナーが、もしくは、アフガニスタン上空を飛行する無人ドローン爆撃機が、悪夢のような超監視社会を築き上げた現代のアメリカの例を持ち出すのは簡単なことだーーー でも、おれがここで言いたい「支配」とは、そんなものとはもっと別のものだ。そういったことのもっと根源的な、或いは、もっと上位の構造のことだ。おれたちはビッグブラザーなどなくても、NSAなどなくても、常に、いつだって、何かに制限され、支配されつづけているのだ。

それは或いは生物学的な限界と呼んでも良い。なぜおれたちは肉を喰うのか。内臓はなぜあんなにまで異様な相貌をしているのか。なぜ生殖器とそうした脆弱なインターフェースを介した不可解な交感システムが、未だにおれたちの性行動を支配しているのか。なぜ細胞は突然変異を起こすのか。なぜ身体は発汗し、スマートフォンのディスプレイ上に生命の痕跡を残すのか。そうした生物学的な限界、身体的な限界、物理的な限界がおれたちを律している。でもそれ以上に重要なのは、そういったコードを飛び越えた更に上位のレイヤーのことだ。そうした不文律が存在することを、おれたちはもうずっと前から知っている。そうした因果律が、残酷な不均衡の予感とその意味論的な不可避性が、ずっと昔からここに存在することを、おれたちはずっとずっと前から知っている。なぜそれがそこにあるのか。なぜおれたちはそれに支配されているのか。支配されつづけるのか。なぜそれは不滅なのか。なぜそれはそこにありつづけるのか。でも、誰もその答えを知らない。


おれたちの社会の上位レイヤー。世界を動かす不滅のドグマ。
それは何によってもたらされたのか。おれたちの行動を、思考を、支配しつづけるもの。それは誰が、何のためにもたらしたのか。
例えば生物学的な限界は一見すると、絶対に超えることのできないものであるように思われる。内臓や脳細胞の形状や数量やその機能、骨格の強度、生の一回性。
でも、おれたちはこれまで、何度も何度もそれを改変してきた。身体的な限界を超えるために何度も何度も試行錯誤を繰り返してきた。それによってもたらされた変化は体毛や天然痘に関わることだけじゃない。その叡智はもうすぐ、内臓や皮膚の構造やニューロンの配列を変え、生体コンピュータを可能にし、全人類の意識をP2Pでクラウドする。それはもうすぐ、人々の意識を変える。
おれが言いたいのはそういう「支配」のことだ。
シュメール人が象形文字を発明したとき、人類はどう変質したか。
中国の宦官が木片から紙を発明したとき、この世界はどう変質したか。
グーテンベルクが活版印刷を可能にしたとき、おれたちの身体が、生物学的な限界が、そして文化の構造そのものが、どう変質したか。
微分積分法が発見され、蒸気機関が発明され、モールス信号が発明され、内燃機関が発明され、バベッジ計算機が発明され、タイプライターが発明され、電話が発明され、人々が空を飛ぶようになり、エニグマ暗号機が解読され、AK47が発明され、トランジスタが発明され、NESが発明され、ゲームボーイが発明され、インターネットが発明され、磁気メディアが光学メディアになり、やがて光学メディアさえも初期クラウドの蒼穹の中に包摂され物理メディアそのものが過去のものとなり、スマートフォンが発明され、知的財産の概念そのものを殺すその他もろもろのクラウドの叡智がもたらされたとき、そのとき、その瞬間、そしてそれ以降、人類は、この世界は、どのように変質したか。
そのとき、人類は確かに変わったはずなのだ。人類はそういった文物によって絶えず変質し、別のフェーズへと進化していったはずなのだ。そう、まさに、田蕗圭樹が荻野目りんごに言ったように、人は自転車が乗れなかった頃のことをもはや思い出すことができない。自転車が乗れなかった頃のように自転車に乗ることなどできない。人類はもう戻れない。引き返せない。かつてそうあった頃のようには。

そうした変化が、人類を変質し、変容させ、何かを進化させその代償に何かを退化させるそうした変化が、それこそが、おれたちを支配している。それは空気のようにおれたちの周りに偏在している。ノヴァ警察が総てを見ている。おれたちは言語ウィルスから逃れることができない。帝国は終滅することがない。

君はJ-POPが嫌いで、僕はLove Songが嫌いだ じゃあこの詩はなんて言うんだい?
ほんとはJ-POPが好きで、ほんとはLove Songが好きだった
 

おれたちは何かの上位レイヤーに、ドグマに、ウィルスに、システムに、支配されつづけている。そう、まさにそれはウィルスなのだ。おれたちはJ-POPというウィルスからも逃れることはできない!

おれたちを支配しつづけるもの。おれたちを変質し、いまとは違う別の何かへ導くもの。それはやがておれたちの生物学的な限界すら超える。身体の構造を、遺伝子の構造を、いずれは作り変え人類というカテゴリーそのものをアップデートする。おれたちの身体はいずれデッド・メディアになる・・・かつて身体が、内臓が、皮膚が、生殖器が、肛門が、メディアとしての機能を具備していたことを、おれたちは遠い未来のクラウド上の博物館の中でようやく気付くことになるのだ・・・。

いずれにせよ、おれたちを支配しつづけるものはおれたちが既に作り出したものだ。或いは、作り出すように何かから促されたものだ。おれたちがもたらし、そしておれたちを包囲するありとあらゆる物理アプリ。おれたちが牛乳パックを発明し、割り箸を発明し、キングサイズのタバコを発明したとき、世界は確かに変わった。人類がフットボール中継を発明し、ファストフード・チェーンを発明し、フリートウッド・マックがヘヴィ・ロックを発明したとき、世界は確かに変わった。そしてそれがおれたちを包囲し、おれたち自身を変えた。おれたちを支配しつづけるもの。おれたちが世界の混沌の中から見出した因果律。それがおれたちを支配しつづける。物理アプリとして、上位レイヤーとして、永遠不滅のドグマとして。

かつて、おれたちがいまのおれたちのようではなかったころ、まだ人間ですらなかったころ、誰かが、名前もなかった誰かが、この世界のシステムを決めた。この世界の上位レイヤーを規定し、この世界のコードを作り出した。猛禽類の骨を空中に放り投げたとき、星空の下でこの世界の混沌を定位させる方法を探り当てたとき、彼が、名前も顔も知らない誰かが、この世界を変えた。そのとき彼が播種したものは、やがておれたちの周りに偏在し、おれたちを包囲するようになった。彼は世界の調停者であり、世界の発見者であり、世界のゴッドファーザーであり、そして、或いは、名前を呼ぶことすら憚られるーーー

いずれにせよ、おれたちはかつて誰かが発見したシステムに則ってたくさんの物理アプリを作り出した。そして、それに包囲されつづけている。それに支配されつづけている。総てはかつてこの世界を画期した名前も顔も知らない誰かがもたらしたもの。そのシステムが、コードが、おれたちをいまも支配しつづけている。


かつて誰かが見出した世界のシステム、誰かが播種した起動プログラムに沿って物理アプリを生産し、この世界を包囲しつづけるもの。
それは例えば、おれたちの暮らすこの町、都市に偏在している。都市に、そこで暮らす人間の営為に、自動車のバッテリーの電圧の周波数が作り出すチャンバー・ミュージックに、総ての物理アプリにおれたちはこの世界の発見者の言葉を見出している。おれたちを縛りつづけ、世界を支配しつづける、人類が作り出した都市とそこから同心円状に撒き散らされ何らかの網を張り巡らしおれたちを包囲する都市の無数のドローンたち。都市は、それが内包する物理アプリは、おれたちの生活を変え、行動を支配し、思考をコントロールし、その総ての帰趨を決する。かつて動き始めたシステムは、物理アプリを通じていまも常にどこででもおれたちを取り囲んでいる。おれたちが暮らす都市の光景。おれたちが暮らす都市の夕暮れ。おれたちが暮らす都市の電光。おれたちが暮らす都市の影。システムはいつも、どこにでも、そこにある。いつもおれたちを見ている。
都市に垂れ込める空気を、都市の水道水に横溢するアウラを、路面を濡らす雨水とそこに映る電光を、ビニール傘と水滴の曲率が作り出すこの世界のもうひとつの真実を、おれたちはもう一度思い出してみるべきかもしれない。それらが何を意味していたか。それらが何を指し示し、そして、それらがどこへおれたちを導いたのか。或いは、どこへ導こうとしているのか。
そこには世界の発見者のあの日の情景が、いまも偏在している。

だから、都市や工場は、高速道路が素描する蝸牛や原子力発電所のプラントや汚水処理施設は、或いは、電信柱が作り出す終末論的な柱廊は、単にその世界の経済モデルやその世界の住人の深層心理を射影するのみの存在なんかではない。それらはおれたちの便益に供し、おれたちに消費されるだけの存在などではない。おれたちがそれらから受け取るシグナルは、そんなに安易で平易で軽易なものではない。
おれたちは何度も、何度も何度も受信しているのだ。テクノロジーが、都市が、煙突が、排気塔が、炎上しながら崩落するワールドトレードセンターが、水素爆発を起こした原子力発電所が、放擲されたまま誰も立ち入ることがないチェルノブイリの観覧車が、世界に発信したシグナルを。この世界に常駐するドローンの羽音を。
そこには世界の発見者のあの日の情景が、いまも、未だに、絶えることなく息づいている。


おれたちが消費し、おれたちが語り、おれたちがセックスし、そして、おれたちがこの世界からフェード・アウトするとき。その総てを契機するマクガフィンは、いつも、常に、どこにでも、おれたちの隣にいたのだ。ドローンが語りつづける都市のマントラ、世界の発見者の正嫡たる物理アプリ、おれたちを支配しつづけるもの。





運命のベルが鳴る。
それは、16年前のあの事件が起こったときにも、高倉陽鞠が復活したときにも、常に、いつだって、そこにあったのだ。
東京上空を飛行する大量のヘリコプター、スカイメトロのネットワーク、改札ゲートの開閉音、公園の遊具、高層マンションの非常階段、都市の電光、この世界が、この都市が、かつて世界を発見した誰かがもたらした永遠不滅のドグマが、おれたちを取り囲むありとあらゆる物理アプリが、おれたちをずっとずっと支配しつづけていた。


幾原邦彦は、いったいどこからこの物語の着想を得たのだろうか。
世界を統べる強大なパワーやコントロールが存在し、人々はそこで踊りつづける傀儡でしかないことに気付いていたアニメ作家は、もっと前にもいた。例えば富野由悠紀は傑作「ターンエー・ガンダム」において、UKUSAを機軸とした20世紀の政治・経済システムとそのワールド・オーダーが消滅した社会を本気で描こうとした。そこから21世紀を生きるおれたちの道標を、本気で導き出そうとした。「オーバーマン キングゲイナー」もその延長線上で、グローバリズムの果てにエスニック・アイデンティティが消尽しつつある未来社会の人々が、まさに先祖帰りのようにもう一度自らの民族的出自と帰属する「場」の概念を取り戻し、すがろうとする姿を巧みに描写していた。ほんとうの故郷を目指してエクソダスする人々は、いったい何の比喩だったのだろうか。自らの文化を再発見し、前時代的な文明の名残を求めて先祖帰りをしようとしたあの人々は、富野にとっていったい何の象徴だったのだろうか。コントロールは、世界を支配するシステムは、おれたちを変える。おれたちの行動を支配する。でもおれたちは、果たしてシステムに隷属することしかできないのだろうか。さあ、あの人々は、いったい何から「エクソダス」したがっていたのだろうか?

幾原邦彦が描く高倉兄弟も、哀れな荻野目りんごも、皆必死に何かからエクソダスしたがっている。世界を支配する上位レイヤーの残酷な気まぐれから、そのコントロールの魔手から、ドローンの追随から。しかもコントロールへの反駁という目的が、いつしかコントロールを先読みして確率を変動させる禁断の護法を得ることへ転化し、物語は彼らの破滅的な未来とその終末的な情景を予感させながらも、急転直下の律動を刻んで、運命の至る場所へと突き進んでいく。
そして幾原邦彦はおそらく、世界を統べるコントロールが、コードが、上位レイヤーが、エシュロンが如き陰謀論的な何かでも、セフィロトの樹を巡る超越的な教義でもなく、おれたちを取り囲むこの都市と、おれたちを取り囲む地下鉄ネットワークや、高圧電線や、無線LANがもたらした何かであることを知っている。この世界の、この時代の文物が、おれたちを支配している。地下鉄サリン事件が、人々が作り出した都市の病理が、おれたちを支配しつづけている。未だにおれたちは、そこから逃れることができない。そして更に、そこから逃れでたとしても、それには代償が必要なのだ。その代償が何なのか、知る由もない。ただおれたちはそれを知ったときには、都市の骨盤のそのたなごろの中で白骨化して横たわっている。おれたちがフェードアウトしようとも、彼らは永遠に不滅なのだ。


この世界を統べるシステム。おれたちを支配しつづける何か。
あなたはそこから脱出したいと思う?ならご勝手に。でも、出来ないと思う。
だって、おれはそれでもまだ、この都市がもたらす便益に与りたいと本気で思っているからだ。この都市がもたらす幻影に、この都市がもたらす文物に、この都市がもたらすロール・プレイング・ゲームに。
あなただってそうじゃないか?
この素晴らしいアニメだって、結局はーーー !



ニンセイでは、総てがもっと、単純だった。
 




そうなのだ。おれたちはずっとそうだったのだ。
ごらん。Amazonウィジェットの配列が総てを決めるいまの社会を。シリアルナンバー入り限定パッケージと180gのクリアビニールを求めてeBayをさまよう人々を。3月11日を契機として、サード・サマー・オブ・ラブを求めてfacebookとtwitterの脆弱なネットワークの中に繁茂しはじめたネオ・ラッダイトたちを。スマートフォンのフラッシュメモリ上を走査しpdfファイルを個々人にローカライズしカットアップするアプリが、脳の中にインプラントされた生体コンピュータの個体認証暗号システムの作り出す完全計画経済が、もうすぐ現実のものとなる。

いまもそのときも、ずっとずっと、その方が単純なのだ。


そのときにもおれはこのアニメを、愛しているだろうか。おれは友人を、家族を、恋人を、愛しているだろうか。


きっと愛しているだろう。

システムがそうさせるからだ。
或いは、この世界の調停者、この世界の発見者、この世界のシステムを作り上げた名前も顔も知らない誰かが、ずっとずっとそうさせてきたからだ。




そして、その方がずっと単純だ。
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自己紹介:
島根県のハードコアバンド、ヤンキー少女改め、SOFT、改め爽やかJ-POPデスメタルバンドPOSTOVOIのギター・ボーカルです。

バンドとは別にソロプロジェクトとして、チップチューン・デス・メタルを追求するF.O.D(Fuck or Die)をはじめました。MySpace

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