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島根県のハードコアパンクバンド、ヤンキー少女、改めSOFT、改めストーナーロックバンドPOSTOVOIのボーカルjunkieの公式ブログ!!!
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いささか旧聞ではあるがファミ通No.1289にはSEGA Consumer 30th Anniversary Bookと題されたノベルティが付いていて、読んで字の如くセガの栄枯盛衰を一望できる手軽な資料となっているが、SG-1000からドリームキャストというセガ・ハードの文字通り揺籃期からその晩期までを知る傍証人である佐藤秀樹氏のインタビューが採録されているためにそれなりに読み応えのある内容となっている。

セガといえば、毎度おなじみの広報担当・竹崎忠氏がマントラのように繰り返す「スペック至上の大艦巨砲主義に殉じ/時代を先取りし過ぎた」時代の仇花としてのイメージが固着して久しく、実際にセガのハードコア・ユーザーは時に『セガガガ』に代表される一抹の「自虐史観」めいた諧謔をもクロスオーバーしながら、それらのクリシェをひとつの神話として語ることに憂身をやつしつづけている。もちろん、こうした
DIYゲーム稗史に誇張や虚飾や出典不詳のフォークロアの拡大再生産はつきものではあるものの、しかし、実際にそれらの多くは事実だ。セガはその技術力において独立不羈にして、孤高であった。セガはUFOキャッチャーを発明し、ムービング・キャビネットを発明し、任天堂のバーチャル・コンソール構想を先取りし、ポリゴンで人体を動かした。特にファンタシースター・オンラインとシェンムーはそれぞれMORPGとオープン・ワールド・ゲームの偉大なるパンテオンとして2010年代の現在においてこそ再評価の機運著しく、その光芒は弱まる気配を見せない。本書においても竹崎忠氏はそれらの毎度おなじみの妙に生暖かいセガのプロパガンダを、ひとつの青春の蹉跌として饒舌に語ってはいるのだが…そして、それらは押しなべて紛れもない事実なのだが…しかし、本書の佐藤秀樹氏の御高見を賜れば、それとは別の史観を抱かずにはいられないのではないだろうか?先ずは本書の劈頭を飾る佐藤氏のインタビューを是非一読してみてほしいのだが、佐藤氏がアンロックする事実の数々は先述の竹崎史観を踏まえたセガ礼賛の視座からするとまさにコントロヴァーシーの一語に尽きる。これを読めば、セガの歴史を肯定的に敷衍せんとするユーフォリアに対し誰もがたちどころに若干の疑問符をつけざるを得ない、というのが正直なところだろう。

例えば、セガの美点として誰もが認めるスペック至上主義のテクノロジー信仰はハードコアなプロフェッショナリズムと表裏一体である。確かに、それらの職人気質はマシン・スペックが総てのアーケードにおいてセガの帝国主義的一元支配を可能ならしめた。しかし、アーケードにおいては有効であったインカムの変動に応じてオンタイムで差分を当てるという発想が、当然のことながらコンシューマーの据え置き機においてはまったく当てはまらなかった。そうした厳然たる事実に対する認識が、セガには完全に欠落していた。佐藤氏は語る。「やっぱりセガの本業はアーケードでしたし、それが最先端だったんですよ。セガは基板も作れる技術を持っているので、仕様に合わせて何でもできたんです。(中略)いま思えば、ソフト開発の面では、それがかえって知恵や工夫ということを弱くしてしまう原因のひとつだったのかもしれません。表現が、
CPUのパワー頼みになっていたんですよ」 今にして思えば、これが総てだったのだ。佐藤氏が語るセガ開発史のバックヤードは、そのままプラットフォーム・ホルダー/デベロッパーとしてのセガの限界とイコールであったと思わざるを得ない。更にセガ五番目のハードの名を冠しプレイステーションと壮絶な次世代ハード戦争を演じたセガサターン時代に至り、佐藤氏は畳み掛ける。「セガとしては、人気のあるキラータイトルがセガサターンに来れば、ハードの販売数も伸びて、サードパーティーの注目もさらに集まるわけです。でも、それができなかった。やっぱり、足りなかったのはソフトなんですよ。いくらいいハードを出しても、ソフトにハードを引っ張れるだけの力があるかどうかなんです。極論を言うと、ハードの中身なんて、どうでもいい話なんですよ。ソフトがおもしろくなければ、ユーザーだって買わない」 もちろん、これは市場を握るライトユーザー層に限った話であり、ハードコア・ゲーマーは皆SONYに唾棄しセガに忠誠を誓う敬虔なるクルセイダーズであったことは、誰にも否定しようのない事実ではある。しかし、当然のことながら、ライトユーザーに迎合できずに市場の見えざる手をすり抜け独自路線を疾駆したことが結果的にセガを袋小路へと追いやることとなる。竹崎氏も、セガサターンの敗因について次のとおり語っている。「残念だったのは、最先端のアーケードゲームを家庭で遊べるようにするという理念を実現しようとしたために、セガサターンが”究極の2Dマシン”になったこと。アーケードではすでに3Dポリゴンに風向きが変わり始めていたし、SCEさんは最初から3D表現に特化したマシンを出してきました。セガは、当時のゲーム機の究極進化系を目指して、セガサターンを作ったわけですが、その後の潮流となった”3D特化型マシン”にはしなかった。そこが、よくも悪くも評価の分かれ目のひとつになってしまいましたね」 セガサターンがfatalityした最大の敗因はイチにもニにもこれに尽きる。ビジネスの大前提である、時代の趨勢を見極めることができなかったのだから。…が、これって、サラリと看過して良い問題なのか?時代を読みきれませんでした、で済ませていいことか?私企業としていちばん重要な部分が、セガに足りなかったということは、もっと直視されるべきことではないのか?

このセガの致命的な欠陥は最後の打ち上げ花火にしてセガ・ハード事業の墓標であるドリームキャストにおいても健在であった。完全互換基盤
NAOMIによってアーケードーコンシューマの懸隔は早々にクリア、デベロップメントのコストダウンを実現しサードパーティーへの間口を広げ、持ち前の技術力はGD-ROMやらSH-4やら面妖な規格とCPUに惜しげもなく湯水の如く投入され、まさにセガの壮絶なまでのスペック至上主義の集大成であったが、そこにはなぜかXBOXに先駆けて33.6kppsのモデムが標準装備されていた!ドリームキャストは実は、ネットワークでオンラインゲームをプレイすることに特化されたマシンだったのだ!…而してセガは、ここでも選択を誤る。セガは今日のオンラインゲーム市場の活況を見越して、ドリームキャストの普及がそのインフラ整備に直結すると信じていた。この部分の着想は良い。しかし問題は、往時において、高速回線の普及はこの国のコモンセンスでもなければ国策でもなかったということだ。情報スーパーハイウェイ構想の路傍にあったネット後進国の日本において、テレビも映画もCDも、況やゲームにおいておや、あまねくIPはスタンドアローンで嗜む以外の何者でもなかった。誰もそれに変わるモデルを知らなかったし、考究することすらなかった。それを敢えてやったのがセガだったのだが…しかし、そうしたモデルに完全に呼応するキラータイトルであった『ファンタシースター・オンライン』が歴史的な作品であることは疑うべくもないとしても、時代はオンラインゲームをそこそこプレイできるだけのダム端末よりも、スタンドアローンでコンテンツを楽しめるエントリー・モデルを要請していた。プレイステーション2の最大の売りは、それが簡易のDVDプレーヤー(あまつさえ初期ロットはリージョン・フリー)だったことではなかったか。加えて、時代の覇者たるSONY帝国の最大の強みであったPS時代のソフト・ライブラリをそのまま援用できるという、寸毫の隙もないマーケティングを前にしてはセガ畢生の純白のオベリスクなど鎧冑の一触、セガは完全敗北を喫し、ハード事業から完全撤退を余儀なくされた。ここら辺の時代との噛み合わなさ、隔靴掻痒のニアミスぶりはほとんど奇跡的というか、そこがセガらしさというべきなのだろうが…が、慧眼に乏しいという以前に、単純に企業として当然のことであるPDCAサイクルすら機能していなかったのでは、と思わず訝ってしまうのも仕方ない惨憺たる歴史である。しかもセガはオンラインゲーム市場を醸成するために、一台売るたびに赤字が必定というATARI・任天堂から連なるハード市場の伝統に忠実であったばかりか、更にユーザーのプロバイダー料金すら自社で負担していたというから驚嘆を禁じ得ない。それに留まらず、ユーザーにとってもこの日本初の野心的試行であったMORPGをプレイするために、MODまがいのハッキングスピリットすら要求されたというから、『ファンタシースターオンライン』が10万人稼動の大ヒットゲームとなったのはまさにセガとハードコア・ゲーマーの一蓮托生の血涙の結晶と呼号すべきところではあるが…しかし、単純にビジネスとして見ればそれは頭を抱えるようなコストと時間の、余りに野放図な空費でしかない。

 ここまでやや辛辣にセガのプロパガンダを論難してきたのも、セガが辿ってきた道が今の日本企業の状況と似ていると感じるからだ。ハードコアな技術力があってもユーザーフレンドリーなマーケティングができない。インカムの動きもパッチの当て方もわかっている途上国のシェアは取れても、趨勢が読めない先進国市場では韓国やアメリカの後塵を拝しつづけ、領土拡張は愚か失地回復すらおぼつかない。セガサターンが3D全盛の時代を読み違えて究極の2Dマシン(かつ最強のギャルゲーハード)と化したのと同じ。ドリームキャストがDVD興隆の時代を読み違えてネットワーク特化マシンと化し、気合とヤケクソでネットワーク時代の到来を無理矢理繰り上げようと愚挙妄動を乱発したのと同じ。時代が何を求めているか、ビジネスとしていちばん肝要な部分が見極められず、悪戯に技術力をあさっての方向に浪費するのみ。

 少しネガティヴ過ぎるというご注進もおありだろうから、セガが良かった頃の話も思い出してみよう。とすると実質はメガドライブ時代やアウトランやスペースハリアー時代という紀元前の頃の話ということになるが、それだとさすがに古過ぎるからもうちょっと最近の話に限ると、セガがドリームキャストの生産を中止した直後に、太田出版の『CONTINUE』誌の創刊号に掲載されたコラムを引用してみよう。「2001年3月いっぱいでドリームキャスト生産中止を発表したセガ。こうしたマイナス要素が露呈すると株価は下がるものだが、セガの場合は逆に上がった。それは何故か?そこに、世界一有望なソフトメーカー・セガが誕生したからである。(中略)そして編集部は、セガの新たな挑戦を独占スクープ!それが『回転寿司オーダーシステム』だ。タッチパネル方式のモニターを端末として、メニュー紹介、注文などが各テーブルで可能になるという驚きの一品。モニターには、本物の魚を研究しつくした緻密なCG魚が乱舞。『シェンムー』等で培ったCG技術が回転寿司屋で活かされるという寸法だ。さらに、音声認識機能による注文も可能。『シーマン』気分でナイスなお寿司ライフをエンジョイしよう!」 今でこそ当たり前すぎて(中にはiPadをそのままテーブルに実装している店舗もあるほど)隔世の感があるが、当時としてはこのアイディアはかなり革新的であったことが窺える。何せ、スマートフォンもタブレット端末も、それぞれ実現する技術力がありながら誰も考え付かなかった頃の話。セガのハードコアな技術力は、時代の要請にマッチングさせるよりも、己が解釈で新たな価値を提示することにこそ向いている。これはセガだけじゃない。日本企業総てにいえることかもしれない。でもそれはかつてセガサターンやドリームキャストが無理矢理やってきたようなゴリ押しではいけない。それにはやはり相応のマーケティングが必要だ。そこそこ時代にマッチして、かつ誰も考えなかったアイディア。もちろんそんなものが軽々と出てこないからみんな苦労しているわけだが、知ってのとおりセガは「創造は生命」の社是に忠実に、R-360にしろクレイジー・タクシーにしろ革新的なアイディアを鍛造することにはやたら長けているし、ソニック・ザ・ヘッジホッグやスペースチャンネル5をはじめとして、その時代のアイコンたり得るポップなキャラクターをクリエイトしてうまくパッケージングする手腕についても、実は、ちゃんと備えている(そして意外なことに、SONYは未だかつて一度もそれを作り得ていない)。先述の回転寿司のタブレット式注文端末は、これらのハードコア技術力とキャラクター・マーチャンタイズのストラテジーが見事に融合した結果だと思う。これらが備わって初めて時代に呈示できる新たな価値となり、市場の見えざる手が触れるモノリスたり得る。セガの潜在価値が真に顕現するとき、我々は音速で横スクロールのスプライトを宙返りしながら駆け抜けた青いハリネズミの再臨を目撃するのかもしれない。

 最後に、『ゲームラボ』No.101にてレトロゲームのフライヤーが特集された際にも、「セガのゲームは世界一だった」と激賞して憚らなかった同誌のセガ愛あふれるコメントを引用して、この稿を終えよう。「『ファンタシースター』と言えば泣く子も黙るセガの看板RPGタイトル。オンライン版ではドス黒い欲望の使途(原文ママ)が悪業の限りを尽くしているようだが、この第1作めはチラシから牧歌的。主人公アリサの解説には『笑顔のカワイイ15歳』などと書かれているが、顔色が悪いうえに能面のような無表情・・・。タイロンも筋肉質なようで微妙に貧弱。ミャウはもはや妖怪猫又! セガ万歳!!



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島根県のハードコアバンド、ヤンキー少女改め、SOFT、改め爽やかJ-POPデスメタルバンドPOSTOVOIのギター・ボーカルです。

バンドとは別にソロプロジェクトとして、チップチューン・デス・メタルを追求するF.O.D(Fuck or Die)をはじめました。MySpace

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