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島根県のハードコアパンクバンド、ヤンキー少女、改めSOFT、改めストーナーロックバンドPOSTOVOIのボーカルjunkieの公式ブログ!!!
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最近、二百年に一度のフィリップ・K・ディック大洪水に見舞われていて、スーパー堤防の建築を是非にも急がなければ!と、その建材としてディックの本を買い集めては読みまくっています。スーパー無駄遣い?う~~ん少し否定はできないかも。。。
でもディックの本は本気でおもしろいし、図書館で借りてもどうせまた買い直しちゃうの目に見えているくらいクソおもしろいので、やはり長期的には買った方が安上がりだと我が脳内事業仕分け委員会は判断、事業の続行を決定しました!

というわけで絶賛ディック読書週間突入中なのですよ。ただ唯一の難点は、名前がディックだけに「イエス!アイラヴ・ディック!」と声を大にして高唱できないことですが・・・
え?「ていうかディックって誰や」、ですって? ご存知、ないのですか?!


フィリップ・K・ディックとわたしとの最初の出会いは、遡ること小学生の頃でした。
本屋で『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を買って、スターウォーズみたいなスペースオペラかもしくは攻殻機動隊のようなサイバーパンクSFだと思って読んでみたら、そのどちらでもなく、何がおもしろいんだかさっぱり判らなくて途方に暮れました。
当時、わたしは小学校の図書室で昼休みに『人物20世紀』という、2000ページ以上はあろうかという凄まじい大著をちびちびと読むのが好きでした(大友克洋が世界的に高く評価されている偉大な芸術家であるということや、リキテンシュタインがアメコミのような画を描いて発表したら画壇からコテンパンに批判されたことをわたしはその本で学んだ)。20世紀を代表する各方面の重要人物について列記した本なので、当然フィリップ・K・ディックのことも載っていたのですが、その中でディックは『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』に関して、「あの小説を書いたとき、わたしは新婚で、妻と生活していてとても幸せだった。あの小説は、そのときの幸せな気持ちを表現したものだ(要約)」と書いてあって、当然わけがわからず、更に頭の中がラビリンスになりました。
それからほどなくして『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を映画化したリドリー・スコット監督の『ブレードランナー』を観たのですが、小学生ながら「原作とは別物だ!」と思いました。名画は名画だし、ヴァンゲリスのサウンドトラックも素晴らしかったけど、原作の雰囲気は微塵もないように感じました。でも、当時はガキだったので、わかりやすい『ブレードランナー』の方が好きでした。

それから高校生になったとき、『高い城の男』を読みました。ディックの本だし、歴史改変SFの名作と称揚されていたので、一応読んでみようと思ったのです。でもやっぱり、何がなんだかわけがわからず、小学生の頃に『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読み終えたときと同じく、途方に暮れました。
あと、この本を部室で寝転がりながらダラダラと読んでいたら、部活の先輩(女性)から、「何しに部活来てんの?」と言われたことがあります。少しだけ怖かったです。その人は2コ上で、確か神奈川県の大学に進学したはずですが、今どこでどうしてるかは知りません。でも比較的仲良くしていただいた先輩だし、どちらかというと尊敬できる先輩でした。そういう意味でも『高い城の男』は思い出の一冊です。わけわかんなかったことも含めて。ていうか内容より「何しに部活来てんの?」の一言の方が印象に残っています。



・・・わたしにとってフィリップ・K・ディックとはそういう存在でしかなく、当然、好きな作家でもなかったのですが、このまえたまたま、買ったまま読まずに放置していた彼の短編集を読んでみたところ、あまりにもおもしろくてびっくりしました。話の組み立てがしっかりしてるし、アイディアも素晴らしいし、何より全編を覆う暗いオゾンにグッときました。
そう、この人の小説、基本的に、暗いのです。3ページに一回くらい、ほほえましいユーモアが挿入されていてその暗さが中和されるのですが、小説全体を覆う空気はとてつもなくシニカルで冷たいです。基本的に人類や社会に対するスタンスが辛口で、救いがないです。少なくとも彼の小説の登場人物は凄まじいまでに前途暗澹たる絶望的な未来社会を生きていることが多いです。しかも例外なく彼らは「善人」ではないです。浮気もするし不平不満は垂れるしズルはするし軽犯罪も平気で犯すし、基本的に楽に生きることしか考えてないです。そう、ちょうどわたしたちのように。そして時に、結末もハッピーエンドではないです。ていうかほとんどハッピーエンドではない気がします。ハッピーエンドで終わる作品もあるのですが、ハッピーエンドのように見えても、よく考えてみたらほんとうにそうか?と首をかしげてしまうような、そのくらいグラついたハッピーエンドです。
たぶん、小学生や高校生の頃はこの暗い空気感や、口をへの字に曲げたような鼻持ちならない狷介な心理描写がよくわかんなかったんでしょう。一度クセになると、そういった部分に病み付きになってしまうのですが・・・。フィリップ・K・ディックの愛好者が世界中に尽きることなく、死後何十年を経ても尚わたしのように新たなファンを獲得しつづけている理由は、そこにあると思います。
事実、フィリップ・K・ディックの小説はハリウッドでことあるごとに映画化されています。遂にはスピルバーグでさえ映画化してしまったほど。ここまでスプロケット・ホールに愛されている作家は、スティーヴン・キングとディックだけでは?



さて、さっき「彼の小説は基本的に暗く、人類や社会に対するスタンスは辛口で、救いがない」と書きましたが、でも彼の小説を読んで不快になることはまったくないです。時に凄まじく絶望的なエンディングに慄然とすることはあっても、切歯扼腕に堪えぬほどの嫌悪感を抱くことはないです。彼の描く作品世界はどこまでも暗く、絶望的で、登場人物も最終的にこれといった救済を受けることはなく、時として以前よりも状況が悪くなっていることもあるのに、でも読後感は悪くないです。なぜか?
彼の最高傑作のひとつとして挙げられることの多い『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』の序文は、以下のようになっています。


つまりこうなんだ結局。人間が塵から作られたことを、諸君はよく考えてみなくちゃいかん。たしかに、元がこれではたかが知れとるし、それを忘れるべきじゃない。しかしだな、そんなみじめな出だしのわりに、人間はまずまずうまくやってきたじゃないか。だから、われわれがいま直面しているこのひどい状況も、きっと切りぬけられるというのが、わたしの個人的信念だ。わかるか?
 



さぁ、わかります? わかんない、という人は、「人間」という言葉をあなたの名前に置き換えてもう一度読み直してみるといい。


あなたが塵から作られたことを、あなたはよく考えてみなくちゃいかん。たしかに、元がこれではたかが知れとるし、それを忘れるべきじゃない。しかしだな、そんなみじめな出だしのわりに、あなたはまずまずうまくやってきたじゃないか。だから、あなたがいま直面しているこのひどい状況も、きっと切り抜けられるというのが、わたしの個人的信念だ。わかるか?
 


わたしがフィリップ・K・ディックの小説に完全にノックアウトされたのは、この序文を読んだときです。ディックによると、『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』で言いたいことはぜんぶこの序文で書き切ってしまったと。あとに連なる300ページの物語は、その序文を語るための背景でしかないと。おそらく、ディックのほかの作品にもそれが充分すぎるほどに言えると思います。彼の作品は暗いし、救いがないし、冷たいし、登場人物に時にありうべからざるまでに凄絶な試練を与え、時にそれを救わない。しかし、先人たちの愚行によって朽ちた地獄の世界の中を何とかして生き延びようとしているポスト・アポカリプトの物語の中で展開される彼の主張は、だからこそ、ポスト・アポカリプトの物語であるからこそ、「諦めるながんばれ!まだ終わりじゃない!」というヤケクソなオプティミズムで漲っている。彼の作品の根底にあるのはそれなんです。

「おれたちはまずまずうまくやってきたじゃないか。だから、おれたちがいま直面しているこのひどい状況も、きっと切り抜けられるというのが、わたしの個人的信念だ。わかるか?」
ちょうど『ユービック』で、グレン・ランシターがジョー・チップに「へこたれるなよ、ジョー!」というメッセージを送ったように・・・ 彼は人類のあらゆる可能性を、最後の最後まで諦めない。絶望的な未来が待っていることはわかっている。わかっているけど、決して最後まで諦めない。諦めるな、まだ終わりじゃない、さぁもう一度立って闘え。彼のメッセージはとてつもなく重く、そして尊い。「ライオン」でシェリル・ノームとランカ・リーが、「何しにうまれたの?何しにここにいる?生き残りたい、生き残りたい」と歌ったように。草薙素子が、「何が望みだ?俗悪メディアに洗脳されながら、種(ギム)をまかずに実(フクシ)を食べることか?後進国を犠牲にして?お前にだってゴーストがあるだろ。脳だってついてる。電脳にもアクセスできる。未来を創れ」と言ったように。

フィリップ・K・ディックの小説とは、要するに、そういう小説なのです。



最後に、短編集『ゴールデン・マン』にディックが寄せた序文から印象的な部分を引用したいと思います。フィリップ・K・ディックがどのような信念を持って作品を書き続けたか、これを読めばたちどころに理解できるはずです。そして書店へ行ってディックの本を探しているあたながいるはず・・・かも。


あのころ、クレオとわたしは月九十ドルで生活し、図書館から借りた本の返却期限が遅れても罰金さえ払えず、雑誌を読みたくても買う金がないので図書館へ行くしかなく、文字どおりにドッグフードで飢えをしのいでいた。だが、きみにはこのことを知っておいてほしいーーーきみがSF作家であってもなくても、これからどんな人生を送ろうとしているにしても、とりわけきみがいま二十代で、かなり貧しく、そしてたぶん絶望に満たされかけているなら、よけいにそうだ。不安はいっぱいあるだろうし、それが正当な不安である場合は多い。アメリカでは、いまも人びとが飢えている。七〇年代のなかばになっても、まだわたしは家賃が払えなかったし、クリストファーを医者に診てもらう金がなかったし、車も、電話も持っていなかった。クリストファーとその母親が去っていったその月、わたしが稼いだ金はたったの九ドルで、それがつい三年前のことなんだ。文無しのわたしに金を貸してくれたエージェントのスコット・メレディスの親切がなければ、とても食いつなげなかったろう。一九七一年には、本当に友人たちの家をめぐり歩いて、食べ物のほどこしを乞うありさまだった。いっておくが、べつに同情がほしいわけじゃない。こんな話をするのは、かりにきみがいまそんな立場にあるとしてだが、きみの危機や苦境がいつまでもつづくものでないことを教えたいからだ。きみが勇気と分別と生きる意欲によってたぶんそれを乗り切れるだろうことを知らせたいからだ。
無教育な街娼たちが、言語に絶するひどい暮らしの中で生き抜いていくのを、わたしはこの目で見てきた。麻薬で脳が燃え尽きた人たち、自分の身になにが起こったかに気づくだけの思考力は残された人たちの顔を、この目で見てきた。切り抜けられないものを切り抜けようとする不器用な努力を、この目で見てきた。
ハイネの『アトラス』という詩にこんな行があるーーー「わたしは担いきれないものを担う」そのつぎの行はーーー「そして体の中ではいまにも心臓がはり裂けそうだ!」しかし、そればかりが人生じゃないし、わたしの小説にしろ、ほかのだれのにしろ、そればかりが小説のテーマでもないーーーたぶん、フランスのニヒリスティックな実存主義者をべつにすればね。一六世紀のスーフィー教徒の詩人カビールはこう書いているーーー「もし、生き抜いてつかんだものでなければ、それは真実ではない」
だから、生きぬけ。つまり、最後まで行きつくんだ。そのとき、はじめて理解ができる。途中じゃわからない。

(フィリップ・K・ディック 『ディック傑作集3 ゴールデン・マン』 浅倉久志・訳 早川書房 pp33-34)

 

・・・というわけで、フィリップ・K・ディックはわたしの中で最高のツンデレラなのです。
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島根県のハードコアバンド、ヤンキー少女改め、SOFT、改め爽やかJ-POPデスメタルバンドPOSTOVOIのギター・ボーカルです。

バンドとは別にソロプロジェクトとして、チップチューン・デス・メタルを追求するF.O.D(Fuck or Die)をはじめました。MySpace

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