島根県のハードコアパンクバンド、ヤンキー少女、改めSOFT、改めストーナーロックバンドPOSTOVOIのボーカルjunkieの公式ブログ!!!
今日はわりと普通の日記風。
卒業ライブが終わる。
私としてはテンションの持って行き方が不安だったが、酒の力もあって結果的にはかなり酔狂で酩酊で、ハッキリ言ってしまえば取り返しのつかないような酔い方で、楽しくはあったけど反面で先輩方や後輩やタメに多大な迷惑をかけたようでほんとうに申し訳ない。悪酔いにもほどがあるというものである。私の酒癖の悪さを身にしみて感じる。金輪際、酒は絶とうと思う。愉快すぎるのも考え物である。したたか酔えた挙句に好き放題した痛い私めをどうかどうかお許しください。痛い痛いの両成敗ということで、断酒はやめときます。・・・いま書いてて振り返るに、そうとう痛かったんじゃないかな、私。
演奏に関しては、Y内(@肺に穴)さんと最後にバンドを組めてほんとうに良かった。クオリティも思いの他(個人的には)高いレベルにあったと思うし、今後のひとつの自信というか、糧になる内容でしたね。ほんとうに良い卒ライの出方をしたと思います。Y内さんには結果的にドラムまでして頂いて、ほんとうに頭が下がる思いです。とはいえ、卒ライに出た30なんバンドの中では驚異的に頭抜けてトチ狂ったジョン・ゾーンチックであぶらだこってる頭グルグルノイズファックの空前絶後・驚天動地のNOISE HELLでユーラスを壊滅させてやったので、すごい満足。Y内さん、この場を借りてありがとうございます!!!
青い太陽は、どこにでもいるし
宇宙のように生きたいと思うし
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私のマイブームは昔の懐かしいJ-popをyoutubeで観ることなんですけど、このまえふとした拍子にMOON CHILDの「ESCAPE」を聴いた。とてもカッコいい曲でびっくりする。
作詞作曲はフロントマンの佐々木収氏だが、現代の産業歌謡、形骸ロックが置き忘れてしまっている何かを感じさせる。何と言うか、レイ・デイヴィス先生直系の諧謔、歪み。とてもだいじなことだと思う。
シールドの長いやつを買わなければいけない。やはり、モンスターケーブルのモンスターロックになるかと思うが、現在、3メートルのモンスター2本を使っといてパッチが300円くらいの外国の無印なんですけど・・・これって意味があるのだろうか。やっぱり、意味ないよね。かといって、モンスターのパッチはいちいち高いし。でも、私の尊敬するパラレルのF田先輩が(島大軽音にしかわからない話題)モンスター使ってたので、私もそろそろパッチにも設備投資してみようかと思う。
といっても、私のボードはとっても少数精鋭です。チューナーとブル・ドラの2個だけのセッティングが最近のお気に入りで、プロヴィデンスのバカみたいに高いパッチをつけると何となくハイエンドな気持ちになる。
個人的に「シールドは良いやつ使ったほうが良い!!!」と実感したのは、産まれて初めて買ったカナレのめっちゃ安いのが速攻で死んで、代わりに部にあったEx-PROを使ったときのことで、あまりの音抜けファッキンなハイ出力にビビってしまった、それがキッカケ。でもなぜかその後買い換えたのはモンスターだったけど・・・しかもS-Sなので練習時のギター縦置きの際は断線しないかいつも不安である。というか、私はモンスターの音的特長がいまいち良くわかりません。クリーンで弾き比べれば差はあるのだろうが、いっつもゲインと高音フルテンなので正直どっちでも良い希ガス。
たまにはこういう機材の話を真剣にするのも良いものである。
大河ドラマ「篤姫」。
歴史ドラマに総じて言えることだが、最近気付いた、そのドラマが扱う故事のおもしろさは実はどうでも良く、いちばん重要なのは登場人物が如何にトチ狂ってるか、感情移入を誘う長短際立った天然かどうか、ということそれが重要。これはほぼ完全な公式で、これでなぜ「新撰組!」が面白すぎて、「義経」が撃沈したか、その理由がわかるというもの。
天樟院篤姫は結局、江戸城の無血開城に尽力した大奥のエライ人、って感じだが、それ以外の幕末志士たちがあまりにも豪華なので、毎回見逃せない、という何ともお得な物語である。
しかし・・・これは正直、差し当たって悪い理由もないが、しかし超絶におもしろいかと問われると疑問符がつくドラマである。でも、そんなのどうだっていい!!!私は確信する。「篤姫」は、宮崎あおいを壮絶に愛でるために国営放送が作った壮大なイメージビデオである!!!これは、宇宙絶対のアカシック・レコードが認めるところの、唯一無比のスローガンである。真理である。
まあ~宮崎あおい様のかわいいこと!!!美しいこと!!!私は地上波デジタルのハイデフの意義を、初めて実用的に実感した。これはDVDなんかのクソ画質で楽しむものではまるでない!!!ぜひともNHKはこのドラマをNHK初のブルレイソフトとしてパッケージングするべきである。ほんとに!!!ほんとにいいんだってば!!!おかげで私は毎週日曜の5時から(ハイビジョンはフライング放送してくれる)ホニャララしっぱなしである。
ていうか、正直、大河なんて一種のプログラムピクチャーだし。キャストが豪華でナンボじゃい!!!
このまえの3回目の放送は、正直、何が「薩摩分裂」なんだかぜんぜんわかりませんでした。薩摩藩主の首がすげ替わった、ジジイが将軍直々に隠居を命ぜられなんか困ってます、というのはわかるけど、これは予備知識ゼロで観るとほんとにわかりません。調所が速攻で死んでこっちは悲しいです!!!誰か歴史に詳しい人、レクチャーお頼み申す。
とにかく、宮崎あおいを高画質で愛でるために地上波デジタルの推進は国策になったのだ、とこれで良くわかった。あ~毎週楽しみっすよ、もう。オープニングのクレジットからもう超絶。悶絶。
とっても哀しいことがあったので、哀しいブログにしようとしたが、なんかずいぶんテンション高くなってしまった。自分はもしかしたら存外にポジティヴな人間かもしれない。
最近、「オシム監督ならどうするだろう?」と師の教えを反芻しながら日々を活きている。そうしないと、やってられない。ほんとにつらい。ほんとに苦しい。そしていま自分は、オシム監督が自分なら到底選ばないような道に立とうとしている。それがほんとに哀しい。
ただ自分が好きな人たちと関係を保っていたい、あわよくば、もっと真剣なコミュニケーションをしたい、と願うばかりだが、これ、現実にするのは途方もなく難しいよね。
こういうときはTHE DAMNEDのファーストを聴く。このアルバム、とっても良い。とってもとっても素晴らしい。正直、はじめて聴いたときはUKパンクの歴史で重要だから聴いとくか、ぐらいの認識で、しばらく眠りについておられたが、このたび久々に召還したら、なんとまあ、とってもとっても泣ける、なぜだか知らないが涙がチョチョギレルほどの純粋さ、真剣さに辿り着く。私の人生でもはやなくてはならない作品。私は音楽なんかに救われる覚えはねぇ、と勘繰っていたが、これは例外的にすごい。ほんとにすごい。
(笑)という接尾辞が、私は、あまり好きではない。ミクシィなどで他人の日記を読んでいるとあまりのどうでもよさに切なくなる。そういうとき、顔文字や絵文字という文化は、確実に言葉というものを殺すだろう、と確信する。だが、今日のエントリーは敢えて(笑)とつけてみる。・・・でも、やっぱりムカつくよね、見た目。
①北京五輪出場決定(U-21)
良い試合だった。ツートップが意外だったが、スペースへ向かって飛び出していく動きが中盤から上を活性化させ、パスの出しどころも豊富になり、結果としてよかったのではないか。柏木も良いし青山敏も良い。敏については、あのスーパーセーヴより、前線へ幾度となく飛び出していった運動量を褒めましょう。ただ、人間力が解説で「ダイアゴナル」という言葉を連呼していた。ツートップにすればペナ付近に人数が、とか、ツートップがダイアゴナルに連動すれば相手の4バックがスライドする、とか、こんな人がつい最近までプロのクラブの監督だったんだから驚く。
②BS1でプレミアの放送(ディレイ)がはじまっています
これは、うれしい。まったく面白くないMLBを切って、週2回程度でアーセナルやリバプールのゲームを放送してくれる。だが、Jリーグの中継が減っては意味がない。あと、現地の映像を(BスカイBって・・・まだあるよね・・・)使っているんだったら、真上からのアングルがないと。楽しみ方としては、最初にJリーグを観て、そのあとにプレミアの高度な中継技術に驚く、そして、意外とプレミアもゴールがバカスコ入るわけじゃないし、この程度のゴールだったらJでも入ってるぞ、と自信を持つ、これがいちばん素晴らしい楽しみ方。でも、やっぱりプレミアの試合をノーカットで観れるってのは、良いよね。特に現在リーグ無敗のアーセナルの、スモールフィールドとフォアチェックのきわまった完成された守備組織に感嘆、驚嘆。これぞ「攻撃的守備」。
③ジェフvs.マリノスの試合で、マリサポが「シュワーボ・オスタニ」の横断幕
感動。サッカーファンは話でわかり合うのではなく、試合を通じて分かり合うのだ、ということを直に知ったような気分になる。マリノスも、早野監督のサッカー好きだったんだけどねー、任期満了だそうです。
④SOFTの今後の方針についての2、3のこと
「おれたちの基本テーマは『狂気と殺戮』だから」と言って、思わず笑ってしまったが、でも、やっぱりそれは否定できない。基本方針として、
「ライヴに出る」
「ジャム形式で練り上げていく」
「狂気と殺戮」
これらが前提となっていくだろう。ジャムと言っても、やはり神経をすり減らし身銭を切るような痛々しいパフォーマンスである。私が広義のジャム(技術ある人の自慢、垂れ流し)を嫌う理由は、ジャムは死ぬ気でやるもんだ、という根底認識があるから。
⑤「語り得ないことについては、沈黙しなければならない」について
哲学の授業で、ある人が上に挙げた有名な命題を、なんか独我論や相対主義に対するアンチテーゼのような格好で解釈していたので、反論したい。「論理哲学論考」において示されたのは、「我々が語ることができるのはトートロジーでしかない」、「真理は世界の外側にある」という絶望的なまでの相対主義であり、決して最後に導出された「語り得ないことについては、沈黙しなければならない」とは、そういったことを指し示す諸事実、懐疑論をうっちゃって逃避するための方便なんかでは、あり得ない。ただ、まあ、あまりにソリッドな命題であるが故に、ウィトゲンシュタインも反省して、後期では「探求」において、更にその命題の外側をも止揚する、かの有名な「規則のパラドックス」を提起する。「我々のパラドックスは、こうではなかったか。規則は行為を規定できない、何故なら、如何なる行為も規則によって規定され得るから」。ウィトゲンシュタインは論理学の孤高、極北であろう。そんなひとが気安く「考えるのめんどくさいから、沈黙しましょう」だなどと、言うか普通。
⑥イングランド予選敗退
ロイ・キーンの評が泣ける。「いまのスリーライオンズに、果たして、代表のユニフォームを着て奮起できるほどのメンタリティがあるだろうか。総ては選手の問題」。これは、示唆的な提言だと思います。マクラーレンの退任は避けられず、後任にはモウリーニョ、シュスター、果てはカペッロの名前が挙がる、おもしろいことに。FAはシュスターが良いらしいが、どちらにしろ、「ジェラードとランパードの共存は可能か」「バリーこそ救世主」という話ばかりのイングランドに必要なのは、先のロイ・キーンの明察のとおり、もっと根源的なものかもしれない。しかし、クロアチアは、良いチームになりましたね。
⑦岡田ジャパン・・・?
イングランドのことより、いまは我が事。しかし、協会のやり方は、ちょっとひどい。後任について、その危機管理は当たり前のことだが、岡ちゃんも別に嫌いじゃないが、しかし、それをいま言うことかね。いちばんことを荒立ててるのは協会だろ。協会の自作自演。あーあ。3次予選の相手はバーレーン、オマーン、タイ。まぁ、油断はできない(特にオマーン)が、それにしても、このタイミングで、岡ちゃんに、何をさせろと言うのか。来月3日に内定?バカなことを!いや、決して岡ちゃんが嫌いなわけじゃないけど。大熊や反町さんのコーチ陣に不満か、協会。ただ単に引責回避のスケープゴートが欲しいだけだろ、川淵。
⑧だから、Jリーグを観なさいって!!!
ウイイレ2008の発売、ネットでは圧倒的にFIFA優勢。エレクトロニック・アーツは、きちんと進化しますからね。ただ、ウイイレの優位は変わらないか。しかし、ブンデスはともかく、プレミアは残せよ!!!まぁ、クリスマスプレゼントでサンタさんにお願いしようかとは思います。Jリーグもまともに観れない人が、いきなりプレミアやリーガ観ても、ねぇ。スーパーゴール集だけ観れて満足な人は、いいかもしれないが、それは必ずしもサッカーファンではないよな。私は信念に基づいて断言する。
⑨ドラム、加入か
SOFTにドラムを入れようか、という話。かなり現実味を帯びつつあるが、しかし、肝心の誰が、はまだ決まってない。候補はいるけど、やっぱり、基本的な素養としてパンクは良いとしてもインプロやミニマルに免疫ある人じゃないと、絶対に意味はない。
⑩ビッグマフは、良い(かもしれない)
今日、部室でなんとなくほかのバンドの練習を観ていたら、なんとまぁ、ビッグマフの音抜けの良いこと。完全なジューシーノイズ、というか、最近のビッグマフはもはや優良ディストーションでしょう。ファズとか言うのとは絶対的に違う。ただ、そういうのも大好きなおれである。こたつは良い。
わたしは、まだオシム監督の復帰を諦めていない。シュワーボ、オスタニ。
①北京五輪出場決定(U-21)
良い試合だった。ツートップが意外だったが、スペースへ向かって飛び出していく動きが中盤から上を活性化させ、パスの出しどころも豊富になり、結果としてよかったのではないか。柏木も良いし青山敏も良い。敏については、あのスーパーセーヴより、前線へ幾度となく飛び出していった運動量を褒めましょう。ただ、人間力が解説で「ダイアゴナル」という言葉を連呼していた。ツートップにすればペナ付近に人数が、とか、ツートップがダイアゴナルに連動すれば相手の4バックがスライドする、とか、こんな人がつい最近までプロのクラブの監督だったんだから驚く。
②BS1でプレミアの放送(ディレイ)がはじまっています
これは、うれしい。まったく面白くないMLBを切って、週2回程度でアーセナルやリバプールのゲームを放送してくれる。だが、Jリーグの中継が減っては意味がない。あと、現地の映像を(BスカイBって・・・まだあるよね・・・)使っているんだったら、真上からのアングルがないと。楽しみ方としては、最初にJリーグを観て、そのあとにプレミアの高度な中継技術に驚く、そして、意外とプレミアもゴールがバカスコ入るわけじゃないし、この程度のゴールだったらJでも入ってるぞ、と自信を持つ、これがいちばん素晴らしい楽しみ方。でも、やっぱりプレミアの試合をノーカットで観れるってのは、良いよね。特に現在リーグ無敗のアーセナルの、スモールフィールドとフォアチェックのきわまった完成された守備組織に感嘆、驚嘆。これぞ「攻撃的守備」。
③ジェフvs.マリノスの試合で、マリサポが「シュワーボ・オスタニ」の横断幕
感動。サッカーファンは話でわかり合うのではなく、試合を通じて分かり合うのだ、ということを直に知ったような気分になる。マリノスも、早野監督のサッカー好きだったんだけどねー、任期満了だそうです。
④SOFTの今後の方針についての2、3のこと
「おれたちの基本テーマは『狂気と殺戮』だから」と言って、思わず笑ってしまったが、でも、やっぱりそれは否定できない。基本方針として、
「ライヴに出る」
「ジャム形式で練り上げていく」
「狂気と殺戮」
これらが前提となっていくだろう。ジャムと言っても、やはり神経をすり減らし身銭を切るような痛々しいパフォーマンスである。私が広義のジャム(技術ある人の自慢、垂れ流し)を嫌う理由は、ジャムは死ぬ気でやるもんだ、という根底認識があるから。
⑤「語り得ないことについては、沈黙しなければならない」について
哲学の授業で、ある人が上に挙げた有名な命題を、なんか独我論や相対主義に対するアンチテーゼのような格好で解釈していたので、反論したい。「論理哲学論考」において示されたのは、「我々が語ることができるのはトートロジーでしかない」、「真理は世界の外側にある」という絶望的なまでの相対主義であり、決して最後に導出された「語り得ないことについては、沈黙しなければならない」とは、そういったことを指し示す諸事実、懐疑論をうっちゃって逃避するための方便なんかでは、あり得ない。ただ、まあ、あまりにソリッドな命題であるが故に、ウィトゲンシュタインも反省して、後期では「探求」において、更にその命題の外側をも止揚する、かの有名な「規則のパラドックス」を提起する。「我々のパラドックスは、こうではなかったか。規則は行為を規定できない、何故なら、如何なる行為も規則によって規定され得るから」。ウィトゲンシュタインは論理学の孤高、極北であろう。そんなひとが気安く「考えるのめんどくさいから、沈黙しましょう」だなどと、言うか普通。
⑥イングランド予選敗退
ロイ・キーンの評が泣ける。「いまのスリーライオンズに、果たして、代表のユニフォームを着て奮起できるほどのメンタリティがあるだろうか。総ては選手の問題」。これは、示唆的な提言だと思います。マクラーレンの退任は避けられず、後任にはモウリーニョ、シュスター、果てはカペッロの名前が挙がる、おもしろいことに。FAはシュスターが良いらしいが、どちらにしろ、「ジェラードとランパードの共存は可能か」「バリーこそ救世主」という話ばかりのイングランドに必要なのは、先のロイ・キーンの明察のとおり、もっと根源的なものかもしれない。しかし、クロアチアは、良いチームになりましたね。
⑦岡田ジャパン・・・?
イングランドのことより、いまは我が事。しかし、協会のやり方は、ちょっとひどい。後任について、その危機管理は当たり前のことだが、岡ちゃんも別に嫌いじゃないが、しかし、それをいま言うことかね。いちばんことを荒立ててるのは協会だろ。協会の自作自演。あーあ。3次予選の相手はバーレーン、オマーン、タイ。まぁ、油断はできない(特にオマーン)が、それにしても、このタイミングで、岡ちゃんに、何をさせろと言うのか。来月3日に内定?バカなことを!いや、決して岡ちゃんが嫌いなわけじゃないけど。大熊や反町さんのコーチ陣に不満か、協会。ただ単に引責回避のスケープゴートが欲しいだけだろ、川淵。
⑧だから、Jリーグを観なさいって!!!
ウイイレ2008の発売、ネットでは圧倒的にFIFA優勢。エレクトロニック・アーツは、きちんと進化しますからね。ただ、ウイイレの優位は変わらないか。しかし、ブンデスはともかく、プレミアは残せよ!!!まぁ、クリスマスプレゼントでサンタさんにお願いしようかとは思います。Jリーグもまともに観れない人が、いきなりプレミアやリーガ観ても、ねぇ。スーパーゴール集だけ観れて満足な人は、いいかもしれないが、それは必ずしもサッカーファンではないよな。私は信念に基づいて断言する。
⑨ドラム、加入か
SOFTにドラムを入れようか、という話。かなり現実味を帯びつつあるが、しかし、肝心の誰が、はまだ決まってない。候補はいるけど、やっぱり、基本的な素養としてパンクは良いとしてもインプロやミニマルに免疫ある人じゃないと、絶対に意味はない。
⑩ビッグマフは、良い(かもしれない)
今日、部室でなんとなくほかのバンドの練習を観ていたら、なんとまぁ、ビッグマフの音抜けの良いこと。完全なジューシーノイズ、というか、最近のビッグマフはもはや優良ディストーションでしょう。ファズとか言うのとは絶対的に違う。ただ、そういうのも大好きなおれである。こたつは良い。
わたしは、まだオシム監督の復帰を諦めていない。シュワーボ、オスタニ。
誰かを「不要だ」などと言う人間は、いつか自分もそういう立場に陥るようになる。人生とはそういうものだ。その時、自分はどう感じるか、考えてみるがいい。クイーンアドリーナのライヴ盤が、すごい良いです。
自分が好きな音楽とは何か?この一枚さえあれば、とりあえずあとは何も要らない、私の総てを代弁する音楽、私を救済する絶対無比の私のラング(ソシュールのね)、おれはそういうものを、たとい近似的な相似形ですら知らない。そんなものとであったことが無い。だから、おれはバンドをやっている。自分が好きな音は自分で作るしかない。 以下、自分が好きな音。
①JCM900にエレハモのHOT TUBESをつなげて出す超ブーミーなフィードバック、空間が振動するような重低音とときおり射出される超高音ハウリングの痙攣。エレハモのHOT TUBESというのは以前メインで使っていた歪みで、チューブ・ディストーション。現在音が出ないためボードで眠っている怪物ファズだ。いまはファズフェイスで代用しているが(これはジムダンロップ製のリイシューだ)、やはりHOT TUBESのような音が理想。ネットでは「ブーミー過ぎて使えない」「ノイズがおおすぎる」という辛辣な評価ばかりで散々だが、「そこがいいんだよ」って言ってやりたい。BIG MUFFのある意味で理想的な紋切り型の(それは形骸化した、とも言う)ファズに比べればはるかに出来が悪い、凶暴と言うより異形の音だが、おれはこっちのほうが好きだ。2本のチューブが突き出たメタリックな筐体が好きだった。
②JCM900にHOT TUBES(もしくはファズフェイス)をつなげて、カッティングミュートしながらの雑多なストロークで出るガチョン、ガチョンという金属的なミュート。広義のミュートとはガリガリとしたブリッジ寄りをミュートさせる、古典的なロック奏法だろうが、おれにとってはミュートの極意とは「潰された音」、「ブツ切りにされた音塊」でしかない。音にさえなれない音。もう、無条件に好き。インダストリアルっぽい金属チックが最高。
普通にCDを聴いても完璧に満たされることがない。それは、時にはおれの心に漸近すらしない、遠方でただ鳴り響くだけの音である。好きなバンドは何か、と問われれば、KINKSかもしれないしヴェルヴェッツかもしれない。でも、それら総てを無条件で好きと言えない、何かがそれらを否定する。もっとノイズが欲しい。非音楽的なものをもっともっと欲しい。ブオー、と言う、いつまでも吐露されまきちらされるブーミー音だけを収録したCDがあればいいんだけど、ないから、自分でギターを弾くしかない。弾くというか、アンプの前でユラユラさせるだけなのだけれど。
よく、「ノイズを制御するからこそノイズはカッコいい」なんて言われるが、そんなのは音響派と呼ばれるひとたちの理屈である。そんなものはてんで違う。ぜんぜんカッコよくない。凶暴なファズギターがポップフィールドで捕獲され、そこら辺の腐れエモバンドも今では常套手段としてBIG MUFFやRATを常備する。制御されたノイズと言うのは家畜である。ベロベロと恋愛感情を垂れ流し、無責任に倫理を振りかざす、そういう本来のロックからはかけ離れたような歌曲を歌うバンドたちが、いまやこぞって、かつて「悪魔のサウンド」と呼ばれインダス、グランジの特権であった轟音を強奪し始めた。まるで免罪符のように、彼らは轟音に乳繰り合いの歌や責任転嫁の愚痴り合いの歌を乗せ、我々を欺こうとしている。最低のクズどもが。
ノイズとは、制御できないからノイズなのである。それを自分が撒き散らしている、それを必要としない他人に見せ付けている、というのがたまらなく快感だ。それが正しいノイズの姿だと、おれは思う。矮小と思われるだろうか。だが、もはやおれは、そういう音楽しか愛せないのである。そしてそれは、非音楽とみなされるような、そういう音にもなりきれない音なのである。
・・・・・なんて書いてしまった!!!恥ずかしいが、まあ、たまにはこういう真剣な話をしてもいいじゃんね。
そんなおれでも「これは!」というCDはあります。その代表格がDINOSAUR JR.の「YOU'RE LIVING ALL OVER ME」。これは、歴史的名盤です。このアルバムに触れていない音楽史があるなら、デタラメもいいとこダ!商売として興行として連綿と築き上げられてきた音楽体系というのは、総てこのアルバムに止揚され独自のポップソングとして昇華されている、といっても過言ではないだろう。ここには総てがある。そして、それは総じて意味の無いものだ。音楽とは、かくも切ない、悲しみの営為である。音楽というもののくだらなさを、その悲しさを、まじまじと思い知りなさい。「JUST LIKE HEAVEN」のギターソロは人類が音楽というものを通じて到達し得た至高の極地である。この曲は、泣ける。ただ、これは本来はオリジナルのトラックではなくて、CD化に際してのボーナストラックだった!!!本来は「FOSSILE」に入ってるんですねー。ふーん。でもね、「LITTLE FURY THINGS」にはじまって「JUST LIKE HEAVEN」で終わるこのバージョンで初めて聴いたので、やっぱりこのアルバムの最後はそういう気分である。爆裂のギターソロ、垂れ流れる歌メロ、咆哮、ブツ切り!!!
うーん、ほんと、大好きで大好きでしょうがない音楽ですね。
①JCM900にエレハモのHOT TUBESをつなげて出す超ブーミーなフィードバック、空間が振動するような重低音とときおり射出される超高音ハウリングの痙攣。エレハモのHOT TUBESというのは以前メインで使っていた歪みで、チューブ・ディストーション。現在音が出ないためボードで眠っている怪物ファズだ。いまはファズフェイスで代用しているが(これはジムダンロップ製のリイシューだ)、やはりHOT TUBESのような音が理想。ネットでは「ブーミー過ぎて使えない」「ノイズがおおすぎる」という辛辣な評価ばかりで散々だが、「そこがいいんだよ」って言ってやりたい。BIG MUFFのある意味で理想的な紋切り型の(それは形骸化した、とも言う)ファズに比べればはるかに出来が悪い、凶暴と言うより異形の音だが、おれはこっちのほうが好きだ。2本のチューブが突き出たメタリックな筐体が好きだった。
②JCM900にHOT TUBES(もしくはファズフェイス)をつなげて、カッティングミュートしながらの雑多なストロークで出るガチョン、ガチョンという金属的なミュート。広義のミュートとはガリガリとしたブリッジ寄りをミュートさせる、古典的なロック奏法だろうが、おれにとってはミュートの極意とは「潰された音」、「ブツ切りにされた音塊」でしかない。音にさえなれない音。もう、無条件に好き。インダストリアルっぽい金属チックが最高。
普通にCDを聴いても完璧に満たされることがない。それは、時にはおれの心に漸近すらしない、遠方でただ鳴り響くだけの音である。好きなバンドは何か、と問われれば、KINKSかもしれないしヴェルヴェッツかもしれない。でも、それら総てを無条件で好きと言えない、何かがそれらを否定する。もっとノイズが欲しい。非音楽的なものをもっともっと欲しい。ブオー、と言う、いつまでも吐露されまきちらされるブーミー音だけを収録したCDがあればいいんだけど、ないから、自分でギターを弾くしかない。弾くというか、アンプの前でユラユラさせるだけなのだけれど。
よく、「ノイズを制御するからこそノイズはカッコいい」なんて言われるが、そんなのは音響派と呼ばれるひとたちの理屈である。そんなものはてんで違う。ぜんぜんカッコよくない。凶暴なファズギターがポップフィールドで捕獲され、そこら辺の腐れエモバンドも今では常套手段としてBIG MUFFやRATを常備する。制御されたノイズと言うのは家畜である。ベロベロと恋愛感情を垂れ流し、無責任に倫理を振りかざす、そういう本来のロックからはかけ離れたような歌曲を歌うバンドたちが、いまやこぞって、かつて「悪魔のサウンド」と呼ばれインダス、グランジの特権であった轟音を強奪し始めた。まるで免罪符のように、彼らは轟音に乳繰り合いの歌や責任転嫁の愚痴り合いの歌を乗せ、我々を欺こうとしている。最低のクズどもが。
ノイズとは、制御できないからノイズなのである。それを自分が撒き散らしている、それを必要としない他人に見せ付けている、というのがたまらなく快感だ。それが正しいノイズの姿だと、おれは思う。矮小と思われるだろうか。だが、もはやおれは、そういう音楽しか愛せないのである。そしてそれは、非音楽とみなされるような、そういう音にもなりきれない音なのである。
・・・・・なんて書いてしまった!!!恥ずかしいが、まあ、たまにはこういう真剣な話をしてもいいじゃんね。
そんなおれでも「これは!」というCDはあります。その代表格がDINOSAUR JR.の「YOU'RE LIVING ALL OVER ME」。これは、歴史的名盤です。このアルバムに触れていない音楽史があるなら、デタラメもいいとこダ!商売として興行として連綿と築き上げられてきた音楽体系というのは、総てこのアルバムに止揚され独自のポップソングとして昇華されている、といっても過言ではないだろう。ここには総てがある。そして、それは総じて意味の無いものだ。音楽とは、かくも切ない、悲しみの営為である。音楽というもののくだらなさを、その悲しさを、まじまじと思い知りなさい。「JUST LIKE HEAVEN」のギターソロは人類が音楽というものを通じて到達し得た至高の極地である。この曲は、泣ける。ただ、これは本来はオリジナルのトラックではなくて、CD化に際してのボーナストラックだった!!!本来は「FOSSILE」に入ってるんですねー。ふーん。でもね、「LITTLE FURY THINGS」にはじまって「JUST LIKE HEAVEN」で終わるこのバージョンで初めて聴いたので、やっぱりこのアルバムの最後はそういう気分である。爆裂のギターソロ、垂れ流れる歌メロ、咆哮、ブツ切り!!!
うーん、ほんと、大好きで大好きでしょうがない音楽ですね。
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