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島根県のハードコアパンクバンド、ヤンキー少女、改めSOFT、改めストーナーロックバンドPOSTOVOIのボーカルjunkieの公式ブログ!!!
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アジアカップがはじまるよ~!!!楽しみだ。
本登録されたメンバーは以下のとおり。

GK 川口、楢崎、川島
DF 中澤、坪井、加地、駒野
MF 今野、阿部、橋本、鈴木、羽生、山岸、水野、中村俊、遠藤、中村憲、太田
FW 佐藤、播戸、高原、矢野、巻

個人的には、五輪世代を最低3人は帯同させるものと思っていたので、家長が外れたのにはショックだった!!!少なくとも、トゥリオと水本が離脱しているので、伊野波は入ると思ってたんだけどな~。今野を入れたので、やはり勝ちにいく大会ということなのだ。経験を重視したメンバー。FWが5人呼ばれる。巻と矢野はファーストチェックに行く重要なポジションなので、この2人は確定。よってペアを組むストライカータイプをどれだけ召集するか、ここが読めなかった(おれの事前予想では寿人は外していた)が、こうして寿人も呼ばれたので、恐らくウィングでの起用もあるのではないか。
ところで、太田が呼ばれた。実は、個人的にも、太田は是非とも呼んでほしかった。理由は2つある。ひとつは、非常に走り回り、スタミナがあり、かつ、テクニックにも優れた選手であるということ。彼は、その気になればサイドでもセンターでも、ストライカーでも、なんでもできるんだ。さて、もうひとつは、彼が、ジュビロの選手であるということ。

ジュビロのMF菊池が先日、淫行で逮捕されたニュースは衝撃であった。衝撃であったが、何故衝撃であったというと、菊池が淫行をはたらいた、という点においてではなく、サッカー選手というものが我々と何ら変わらない日常で生活する、ひとりの自営業主であり、ひとりの選択主体であり、菊池の行動を肯定し正当化し美化する如何なるリアクションも許されざるバイアスに過ぎないのだ、という点においてこそ、菊池問題は衝撃的であった。
我々はサッカーを観ているとき、サッカーこそが、「自分以外の他人とは分かり合えない」「自分とすら分かり合えない」という唯我論、無我論の極北を行く我々にとって、思想的な最後の砦、可塑と実体論の蜃気楼が観測される唯一の場所であり、そこでは安易な英雄譚が許され、救済され、純正の力動がスポーツマンシップの名のもとに実体化し、レイシズムと新自由主義を最後の最後で迎撃し駆逐する神学である、と思いがちである。サッカーとは「かけがえのない」「絶対の」何かだと。それは、正しいかもしれない。或いは、そうであるべきかもしれない。おれは、少なくとも、そういうサッカーを愛していたのだ。そう、愛していたはずだ。が、それが共同幻想に過ぎないらしいことは、徐々に、着実にではあるが、我々のサッカー神話を瓦解させつつある。それはもう、どうしようもないくらいの現実として我々の前に立ち現れるのである。
「サッカーの敵」。
サッカーをサッカーではないものにしてしまうもの。
それは、実は我々なのだ。
サッカーこそが唯一絶対の真理なのだという幻想。サッカーこそが総てを肯定し救済するという幻想。
それは、サッカーを確実に殺す。
「サッカーの敵」と対峙するとき、我々は既に我々の好きなサッカーがどうしようもないくらい厳然たる隔絶の壁の向こう側に通り過ぎていったものであることを直視しなければならない。或いは、もう直視しているのかもしれない。だからこそやり切れない。どうしようもない。
サッカー選手はサッカー選手という以前にやはり人間なのであり、サッカーのもとで行われる営為とはまた同様に人間のそれなのである。
さて、思い出して欲しい。人間の営為、つまり我々の日常というものが、どれほど狂い下世話で残忍な地獄であるかということを。
そういう地平で我々が何かの幻想を抱くとき、そのとき、我々は「サッカーの敵」としてサッカーボールの空気を抜き始める。
我々はもう、臨終を看取ってしまったのかもしれない。サッカーの死を。

ジュビロの選手たちはいま、どんなことを考えながらサッカーをしているのだろうか。おれはそこでも「サッカーの敵」として、ありえないような幻想を投射してしまうのだが、どうしようもなく何も言えない自分を隠蔽したいがために、「サッカーの敵」と密約を結ぶがために、ジュビロの選手たちに献花を始めた。「太田を呼べよ、オシム」。これは偽善である。しかし、その献花はあるひとにとっては善意として受け入れられ、そして、そもそもがその力動は人間としての営為の数少ない良い部分から増殖したものであることもおれは知っている。思えば、誰も誰かを傷つけようと思ってひとを傷つけるようなことはないのである。何かの善意が、ときには誰かにとって悪意でもありうる、というそれだけのことである。しかし、それだけのこととは言い切れない事情がある。菊池はとんでもないことをやらかしたし、確かに誰かを傷つけたのだし、それは決して安易な相対主義によって正当化への退路を残されるべきものでは、まったく有り得ない!!!しかし、そこで何らかの絶対主義、サッカーの神学へと逃避することもまた、許されない。徹底した相対主義。何も改善しないが、しかし、そうしておけば少なくとも後退することはない。それでも辛苦は襲来し我々は疑心暗鬼の塹壕戦から逃れることはないのだが。

「サッカーの敵」のことを思うとき、我々はサッカーの化けの皮をはながさねばならない、とても辛い時間を過ごさねばならない。

太田が呼ばれた。もしかしたら、オシムさんは何らかのメッセージを含ませているのではないか。

まさか、とは思うが、オシム監督というひとは、そういう芸当をやってしまうひとなのである。

「サッカーよりも重要な事は人生にはたくさんある」

サッカーの敵たちへ。
それでも我々はサッカーを諦めない。
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男性
自己紹介:
島根県のハードコアバンド、ヤンキー少女改め、SOFT、改め爽やかJ-POPデスメタルバンドPOSTOVOIのギター・ボーカルです。

バンドとは別にソロプロジェクトとして、チップチューン・デス・メタルを追求するF.O.D(Fuck or Die)をはじめました。MySpace

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