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島根県のハードコアパンクバンド、ヤンキー少女、改めSOFT、改めストーナーロックバンドPOSTOVOIのボーカルjunkieの公式ブログ!!!
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specialwishes.JPG

武満徹は言った。

「現代作曲家の多くが、独自の工風を凝らした音の壁を築いてきた。ところで、その部屋の内側にはいったい誰が?」

また、こういう発言もある。

「床の上だともっと気楽になれる。より絵に近づき、その一部になったような気分だ。何しろ、こうやって絵の周りを歩きまわり、四方から取りかかることも、また文字通り"絵のなかにいる"こともできるからだ」(ジャクソン・ポロック、自らの描画法とネイティヴ・アメリカン美術との関連について)

 

 

我々はいったい、どうしたかったのか?

神様と仲良くしたかったのか、隷属することに抗い彼の下から訣別したかったのか?

 

20世紀は思想的には、それまで累々と構築されてきた「意味の宮殿」を解体し灰燼に帰そうとする時代だった。言葉は音の羅列となり、文学はカットアップされ、美術品は工業製品に取って代えられた。いままで信じてきた総ての価値、唯一無二性、神の射影としてのイデア、それらが複製技術時代の到来とともにことごとく淘汰され、或いは消尽していった。人々はより個として生きようとして、果てしのない差異の揺らぎの海、決して泳ぎ着くことのない虚栄の混沌で「物神」という快楽を貪った。私の心は私にしかわからない。私の心は彼にはわからない。

それは真理主義、プラトニズムの旧弊を葬り去った。しかしその代償に、掃いて捨てるほどの個がおためごかしの悲惨な功利主義をもってめいめいがめいめいのやり方で、審級で、芸術を語り出した。イデアを理解する、最高の解、という絶対的父性への幻想の代わりにやってきたものは、芸術を利用して自己同一性を保障しようとする陰惨なマスターベーションだった。芸術に殉ずるのではなく、彼は自らの固有性を確認するためだけにそれを消費するようになった。彼らにとって芸術とは消費となり、そして彼らという個こそが価値となったのだ。

 

鬱屈した部屋から外へと飛び出すと、そこにはもう神の一望監視装置もなければ僧侶たちの良識という名の警察機構も存在しなかった。総てが自由となったのだ。空は青く、風がそよぎ、男女は踊って愛を交わした。

しかし、男が女の顔を覗き込んだとき、ある怖ろしいことに気付いた。

そこにあったのは、自分の顔だったのだ!

 

 

芸術とは何だったのだろう。過酷な現実から目を背けるための玩具でしかなかったのか、もしくは権力者の方便だったのか、それとも、個人の価値や尊厳とかいう果てしなくどうでもいいもののために消費されるだけの供犠でしかなかったのか。神とは神なのか、それとももはや我々が神なのか?しかしそのような冒涜行為が許されるはずがない。私利私欲のために芸術を消費している人間はかわいそうに、自分が自分の排泄したウンコを愛撫し恍惚となっていることに気付いていない。でも、かといって神様の奴隷として一定数だけ与えられた物品を絶対のものだとも思いたくない。

 

その壁の内側には誰が?神様か?それとも自分自身なのか?

 

 

Harvey Milkは90年代、ジョージア州を拠点に活動していた超マイナーバンドのひとつだったが、それ故にその活動の多くは顧みられることもなかった。それでもインターネットの普及によってそのアヴァンギャルドにして豪放磊落な創作活動が人口に膾炙されるようになり、2006年に再結成して復活のアルバムを出した。それがこの「Special Wishes」だ。

 

ロックがシミュラークルになったと考えている連中はコードを覚えることも主旋律を追いかけることもやめて、ただフィードバックを冗長に放擲することのみに専心し、それを「音楽だ」と言うようになった。

それが悪いことだと言うつもりはない。ただ、そんなことは自分のウンコを自分に塗りたくるようなしょうもないことだということは忘れないでいて欲しい。

 

Harvey Milkはインスピレーションと紙を使って作曲し、それをバンドで鳴らす道を選んだ。それは旧態依然とした保守的な営為だったが、彼らが変わっていたのはそれがとてつもなく変わっていた曲だったことと、そして直球だがとてつもなく時代錯誤な曲だったということだ。

 

 

「Special Wishes」のジャケットにはジミ・ヘンドリックスのポスターが無断使用されている。それはシミュラークルの毒牙にかかり哀れにもサンプリングされてしまった悲劇の記録なのだろうか。そうではないと思いたい。彼らはポスト・ポスト・モダンの地獄の底に咲いた新時代のジミ・ヘンドリックスとして、真の意味でのオルタナティヴとして屹立しているのだと思いたい。

 

このCDにあるのはただ単にヘンなハードロック、それ以上でも以下でもない。

 

でも、それがなんと尊いことか!
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自己紹介:
島根県のハードコアバンド、ヤンキー少女改め、SOFT、改め爽やかJ-POPデスメタルバンドPOSTOVOIのギター・ボーカルです。

バンドとは別にソロプロジェクトとして、チップチューン・デス・メタルを追求するF.O.D(Fuck or Die)をはじめました。MySpace

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