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島根県のハードコアパンクバンド、ヤンキー少女、改めSOFT、改めストーナーロックバンドPOSTOVOIのボーカルjunkieの公式ブログ!!!
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遅ればせながらあけましておめでとうございます。といっても今日は旧暦の1月1日でいわゆる旧正月ということらしいのですが。みなさんいかがお過ごしでしょうか。

わたくしジャンキーはというと、おりしもBBCやCNNで報道されているエジプトの反政府運動の感慨なきを得ない激動の光景を横目に見ながら、歴史というのはまさにリアルタイムで更新されつづける「いま」の積み重ねなのだなぁと、幾星霜の人類史の悠久に遠く思いを馳せる毎日です。去年、2009年を振り返ったエントリーでは「ゼロ年代とはいわば喪失のディケイドであった」、と、一抹の抒情すら目に浮かべながら訥々と語っていられたものですが、そんなノスタルジアなどもはや昔日のことであるとすら言えるほどに、カレンダーをめくりあらたなジュウ年代へと足を踏み出した2010年は一転して変化の嚆矢というものが識閾下から目に見える形で浮かび上がってきた1年であったようにも感じられます。ジュリアン・アサンジ率いるアナーキスト集団ウィキリークスの面目役如の活躍はその好例として挙げることができましょう。そしてここへきてチュニジアのジャスミン革命と、それに端を発して派生的に勃発した親米政権打倒を唱道するエジプトの混乱です。特にエジプトの例では、その革命の波がアラブ世界に燎原の火の如く播種されイスラム社会全体を包括する大いなるパラダイム・シフトのグラウンド・ゼロであるということもさることながら、国家がツイッターやフェイスブックをブロックすることでレジスタンスの指揮系統を寸断する策を弄したことでも歴史的な意義を持つ事件であったということ。インターネット時代の自由と民主主義の問題を超越して、情報それ自体の単体の「価値」を巡るクリエイティヴ・コモンズの定義とそのコモンセンスに関して重要な問題提起を為したエポック・メイキングな契機としてこのエジプトの革命を敷衍することは、もはや当然のことのように思われます。「過去の人」「90年代の人」「フィニッシュト」というネガティヴ・チャントも可能だったデヴィッド・フィンチャーが、同じく90年代で終わった人とも言えなくもないトレント・レズナーと手を組んで製作し、「web1.0時代の人間が作ったweb2.0時代の伝記映画」とも評され各国で激賞されている『ソーシャル・ネットワーク』が全米で公開されたのも、この2010年のことでした。
2010年から始まった新たなディケイドは、喪失の時代を超克した21世紀の人びとの、ジェイムズ・グレアム・バラードに倣ってパラフレーズするならば「version2.0にアップデートされた」テクノロジカル・ランドスケープ原人たちのストライク・バックが期待される、「変化」のディケイドとなるのかもしれません。

 

…さて、前置きはこのくらいにして、2010年に発表された音楽作品の中から、ジャンキーの個人的なベストテンを選出したいと思います。
対象となるのは2010年に発表された音楽作品の中から2010年以前の音源のリイシューや過去音源のコンピレーション、また既発作品の初CD化などのアップ・コンバートを除いたCD、アナログ作品です。(ちなみに去年のランキングはこんな感じでした。)

それでは発表します。

2010年ジャンキー的大衆音楽作品10選

10 Grinderman : Grinderman2
grinderman2.JPG

ニック・ケイヴ!ということであとは何も説明は要らない。カッコよろしい。低音厨としてはベースの音がゴリゴリしていて大変よろしい。とくと味わうがいい。人間凶器のくすぶる咽頭のその限りなく邪悪な、メルトダウン寸前の釣り糸が肌に食い込むようなギリギリの静謐さを、絞扼される首の筋肉と血管の痙攣の周波数が奏でる断末魔のオーケストラを。
ちなみにiTunes版のボーナス・トラック「Super Heaten Child」にはロバート・フリップ御大が参加している。



9 Fatso Jetson : Archaic Volumes
archaic_volumes.JPG

独特のケーデンスを持った奇妙な味わいのロックで、たぶん人を選ぶ音かもしれない。ハマる人はハマるだろう。おれはハマった。
ところで、ときどき考えることがある。ロックは果たして通俗化したのだろうか?ロックは以前とは別の文化に様変わりし、或いは、より下方へと堕落してしまったのだろうか?この漠然とした疑義は音楽ファンにとっては一般的なものであるかもしれない。しかし、それは論理矛盾を含んでいる。そもそもロックとは通俗的なものでなかったのか、というと、ロックはもとをたどれば文化未満の未成熟文化(サブ・カルチャー)として開闢したものであったのだから、絶対的にいつの時代も通俗的であったと考えるほうが自然だ。だからロックがあたかもかつては生活風俗とは弁別されねばならないハイ・アートであったかのごとく主張する連中は、収益最大化の果てに巨大資本にロックを売り渡したと現状を嘆く前に、ロックとはそもそも何であったか、そしてそれがいま、かつてとは違う形に変わってしまったとして、なぜそうした変化が起こったのか、その問題の本質をもう一度真摯に考え直す必要がある。それに関する個人的な意見はこうだ。ロックはそもそも通俗的なものであったし、いまでさえそれはそうである。大衆のものであるという意味では何も変わっていない。かつてと同様にいまでもそれはティーンエイジャーの所有物である。しかし、人びと(実際のティーンエイジャーと、イニシエーションを通過してもなおティーンエイジャーを気取っていたい夢見る人びと)がロックに求めたその効用は、確かに変わってしまったかもしれない。以前のロックとはピューリタン的な厳粛さ、旧態依然とした因循姑息な社会の状況やその閉塞感に対するカウンター・カルチャーとしてティーンエイジャーが行使できる「拒否権」としての効用を持っていた。それがいまでは、果たしてそうとは言えなくなってしまった。反抗すべき問題は昔と変わらず存在するけれど、その本質は以前とは別のものに変わっているし、闘うべき相手は以前のように「頑迷な大人や社会」と言う風なステロタイプでは割り切れなくなってきた。そしてロックはそれに対して有効な拒否権ではなくなっている。じゃあいまロックに求められている真の効用とは何か?
その答えのひとつが、このFatso Jetsonの音楽かもしれない。千変万化を繰り返すロックのアルゴリズムの、枝葉末節に分岐した挙句にからまりあって解読不可能になったその成れの果て。
ロックとはもはや、そういった遺伝子の突然変異体が究極的にどこまで進化していくのか、その諸相を試験管の中で観察するだけの、限りなく退屈な文化になってしまったのかもしれない。
でもそれもけっして悪いことではない、というのがおれの意見だ。もしかしたらそれらのアルゴリズムの順列可能性は、また新たな別のブレイクスルーを含んでいるかもしれないからだ。ミーム学(Memetics)を紐解くまでもなく、あるミームが常に自らに利する局面を考えるものであることは言うまでもないが、無数の自らの子どもたちが結果的にどのようにこのゲームを勝ち抜いていくのか、それは或いはミーム自身にもわかっていないことかもしれない。だからおれはその歴史的な分岐点を見届けるという行為を、価値の低いものだとは思わない。ロックのアルゴリズムが結果的に何を産み落とすのか、その帰趨が決するのは一万年もあとのことではなく、おそらく近い未来、とても近い未来の話だ。そのとき、その変化が到来するとき、我々はそれをどんな気持ちで迎えるだろう。
おれはいま、それにすごい興味がある。


8 Church of Misery : Live at Roadburn 2009
live_at_roadburn2009.JPG

カッコいい!!!
まぁカッコいいことは聴く前からわかっていたんですが。カッコいいです。シンセサイザーの使い方というものをおれは全くわかっていなかった。あれは楽器ではなく、兵器だったのだ。



7 Yawning Man : Nomadic Pursuits
nomadic_pursuits.JPG

これは泣けたなー!泣ける音楽という意味ではいちばん泣けたかも。ラクダが落陽を背に稜線を闊歩する様が、暮れなずむタンジールの港町の阿片窟のイカガワシサが、そして総ての過去を放擲してツイッターにログインして「民主化、万歳!」と快哉を叫ぶには余りにも過去の重みが大き過ぎる、と言わんばかりの哀愁を浮かべて眉間に皺を寄せキングサイズのタバコをさびしげにふかすエジプトの老人の姿が、いまにも浮かぶようではないかね。どうかね。
そのもろもろの意味において、おれは泣けた。良い音楽だった。

6 Burzum : Belus
belus.JPG

このミュージシャンの来歴がどんなものであるか、それはインターネットで検索すればすぐにわかることであるし、それらの否定しようのない事実をみんな当然踏まえた上でこの音楽と向き合っているわけであるから、良心の呵責だとか罪の意識だとかをことさらに騒ぎ立てて作品の評価と結びつけることもどうかとは思う。みんな既にそういった初期段階を超越した地平でこのミュージシャンの作品に向き合っていると思うのだ。少なくともそういった用意があってこの音楽に向き合っているはずだ。もちろん、「刑に服している最中にレコードなんか出してんじゃねぇ」という道義的な指弾には首肯せざるを得ないが。
しかし、それとは別に、この作品は、その言葉のあらゆる意味において完璧なメタルであった。混じり気のない、遠慮会釈のない、或いは、ウソ・イツワリのない、完璧なメタル・ミュージックだった。これは「メタル」という言葉から想起され得る総ての要素が詰め込まれた音楽なのだ。少なくともおれにとっては。
これから「メタルとは何か?」と訊かれたら、おれはこのCDを手渡そうと思う。



5 Electric Wizard : Black Masses
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カッコいいなぁ。
さっきのロックの終末論の話に戻るが、要するにいまのロックは半死半生だと。そして考えられる順列可能性の中のまだ演繹されていない末端の部分にしか探求すべき余地はないという状況がある一方で、もうひとつの延命策として、とことんまで様式化し尽すという道もあると。これをマニエリスムと呼ぶ。
ストーナーやドゥームはこの様式化が臨界点の域にまで推し進められているジャンルだ。そしてそれに対する是非はというと、もう個人の嗜好のレヴェルの問題でしかないと思う。
それが好きか嫌いか。
そしておれはこういう音楽は好きだ。


4 Swans : My Father Will Guide Me Up A Rope To The Sky
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これはファンタジー・ミュージックだ。ロックとかそういう文脈からは切り離して考えるべき音楽だ。でもそれはそうとしてもこれは純粋に音楽として最高レヴェルの作品だ。それは否定しようがない。
Swansは言うまでもなくアメリカのアンダーグラウンドの闇の重鎮であり、多くの名盤をものしてきた伝説的な存在である。それ故にYoung Godからリイシューされている過去の音源は総て押さえておくべきだ。その探求の旅路はきっと新たな発見と刺激に溢れたものになるに違いない。実際、Swansの過去の作品の中にはいまなお燦然と輝きつづけるものがある一方で、未だに大衆音楽のコンテキストの中でその成分を分解することができていないものも数多い。
そしてこのSwansのニュー・アルバムはSwansにまだ触れたことのない子どもたちへの最良のガイド・ブックであるばかりでなく、おそらくそのディスコグラフィーの中でもとりわけてそのクオリティを強弁しておかなければならない、重要な作品であるとも思う。
個人的にはこの音楽の何がそこまで人を惹きつけるのか、その原理をまだ完全に理解できていない。
きっと他の誰もがそうだと思う。
Swansのもたらした闇はどこまでも黒く、深い。



3 Gnaw Their Tongues : L'Arrivee De La Terne Mort Triomphante
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出たー!!!
怒りと絶望と悪意と憎しみが入り混じった完膚なきまでのホラー・ミュージックであり、聴いた誰もが「みんなおらといっしょにぱらいそさ、行ぐだ!」 と雄たけびを上げるや否やその五体を無惨にもグチャグチャに情け容赦なく切り裂かれてしまうことだろう!亡者たちが飛び出したハラワタを抱え泣き叫びながらさまようあの地獄と言う名の暗黒の沼沢地の風景をこれほどまでに活写した音楽が、かつてあったろうか・・・?
仮にあなたがまだ聴いていないと言うなら、万難を排してでも聴くべきだ!地獄絵図という言葉から想起され得る総ての要素が詰め込まれた恐怖と苦しみのトーチャー・ガーデンがあなたを待っている。振り返ればもと来た道はなく、眼前を埋め尽くす処刑器具にあなたはただ為す術もなく身を任せることしかできない。そして苦しみ抜いた先に待っているのは、やはり地獄・・・


 
2 High On Fire : Snakes for the Divine
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カッコいいーーー!!!
へヴィ・ロックの究極がここにある。バンド・サウンドが鳴らすことのできる暴力的な音楽のひとつの臨界点として、このレヴェルに達することは今後不可能に近いものと思われる。かように完膚なきまでの名盤であるから、爆音ロックに人生を捧げた諸氏は是非にも頭を垂れてウーファーの前で白骨化しなければならない!
このへヴィ・ロックは、テクノロジカル・ランドスケープの住人たちのための完璧なサウンド・トラックだ。魂にニトロが注入され脳の内燃機関の鋼鉄のマフラーの中をドス黒い高熱の排気ガスが通過していくその温度を、肌で、鼓膜で、とくと感じるがいい!



1 静寂 : You Should Prepare To Survive Through Even Anything Happens(何があっても生き抜く覚悟の用意をしろ)
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ブルースが何なのか、考え出すとキリがないし、hypeの極みを尽くしたバイヤーの醜悪なアオリに乗っかるのも気がひけるし、そもそも、そんなことを頭でこねくりまわして考えなくともそれ以前に、いやそういうレヴェルを超越して、やはりこの音楽は最高の芸術だ。しかし、それと同時に、それでも尚、この音楽ウィルスは「考えるのをやめるな。思考を止めるな。頭で理屈をこねくり回すことを止めてはならない!」と頭蓋骨の中の脂肪の塊にプログラミングしつづける。それは人間であることの証明であるからだ。我々は音楽を聴き音楽とは何かを考え、それでもわからないからまた音楽を無心に聴くところまで立ち戻り、そしてまた音楽とは何かを考えるのだ。我々はまだそのマンダラの途上にいるのだ。
疑似科学を垂れ流すのはやめろ!くだらないおためごかしの新興宗教のお題目のような精神論を振りかざすのはやめろ!そんなのは病人を増やすだけだ。「難しいことはわかんないけど、とりあえず音楽は素晴らしい」などと、腐った気休めを言うのはやめろ!おまえのそのニヤついた教祖ヅラを見るのは飽きた!もう、飽きた!おれたちは別の道を進む!さもなければおまえは化石になって過去の地層に埋もれてしまうぞ!考えることをやめるな!
おれたちは自分の頭でものを考えて悩み苦しみ、また幼かった頃の原点に立ち返り、そしてそれでもわからないからまた考えるのだ。それがおれたちのやり方だ。
音楽を巡る脳ミソと魂の遍歴はまだまだつづくのだ。この不可思議な儀式にまつわる広大な大伽藍を我々はまだまだ血反吐を吐きながら歩まねばならない。それはおそらく総てのアルゴリズムが演繹されるまで、総ての言葉が消費し尽くされるまで、星の数ほどの死体とそれに群がる蠅の羽音の記憶にさいなまれながらつづけられるのだ。ハノイの塔の円盤はいまもってまだ動きつづけている!
考えることをやめるな!考えることをやめるな!
何があっても生き抜く覚悟の用意をしろ!




・・・というわけで、2010年の個人的な第1位は、静寂の『You Should Prepare to Survive Through Even Anything Happens 何があっても生き抜く覚悟の用意をしろ』でした。

今年は個人的には豊作でした!良いCDがいっぱいあって楽しかったです。基本的に1位から5位までは順不同で、どれが1位になってもおかしくなかったです。総合的に今後の歴史的な評価とかを踏まえるとやはり静寂に軍配が上がったかなと。でも、どれもほんとに良かったです。ベスト5は万人に薦められる最高の名盤揃いです!





以下、次点。

Melvins : Bride Screamed Murder
Brant Bjork : Gods & Goddesses
Sigh : Scenes from Hell
静寂 : Mail from Fushitsusha
MGMT : Congraturations
Boris & Ian Astobury : BXI
22-20s : Shake / Shiver / Moan
Harvey Milk : A Small Turn of Human Kindness
Ambarchi / Orourke / Haino : Tima Formosa
Helmet : Seeing Eye Dog
Cathedral : The Guessing Game


Melvinsは良かったけど、やはり90年代に彼らがものしてきた名盤の数々と比較するとどうしても見劣りしてしまうのは仕方ないです。いや何十枚もアルバムを出してきて尚ここまでクオリティの高いものを出してくる時点で充分すごいのですが。ある意味で贅沢な不平を言っているのかもしれません。もう少しパンチがあればなーとか、そういう戯言はしょせんアマチュアの感想なのかもしれません。ところどころ「おおっ!」と瞠目させる音を出しつづけられる限り、Melvinsはアルバムを出すべきだし現役でありつづけるべきだし、我々も素直に頭を垂れて傾聴しなければなりません。これも修行です。
カテドラルの2枚組は、もう少しなんとかならんかったかなーという感も。でも2枚組でボリューミー
なので文句を言うのは贅沢というものですね。これも修行です。



あと、リイシュー賞をあげるとしたら、Floorの奇跡のボックス『Below & Beyond』をリリースしたRobotic Empireに捧げようと思います。フロリダ・デザート・ロックの至宝Floorの伝説の名盤『Floor』『Dove』をコンパイルしていて巨大ブックレットもついてしかもあのリーズナブルな価格設定で、非の打ち所のないボックス・セット。リイシューの鑑です。

heads_relaxing_with.JPG

リイシューだとThe Headsの名盤『Relaxing with...』の2枚組リイシューも最高でした!ていうかディスク2の方が若干良いです。めくるめくへヴィ・ディストーションのメタリック・サイケデリアに神経組織が雪崩を打つように壊滅していきます!いますぐアマゾンで買って爆音で聴いて脳をオーバードライブされましょう!




・・・そして2010年最高の楽曲は、やはり池田彩さんの「Alright! ハートキャッチ・プリキュア!」で決定でしょう!ハイ!ハイ!リアルガッデム!!!




ということで、今日はこの辺で。最後は2010年を代表する名言でお別れしましょう。

I'm CEO ...bitch!

じゃなかった、

History will win.
The world will be elevated to a better place.
Will we survive?
That depends on you.
(Julian Assange)
 



ジュリアン・アサンジの伝記映画が作られる頃には、おそらく映画を含め総ての芸術は無料で嗜むものとなり、プロダクト・プレイスメントの広告収入にバジェットの大部分を負うために映画のCM化は加速していくことでしょう。映画に登場するパソコンのディスプレイはすべてサムスン社製になり、俳優たちは全員iPODを聴きながら画面に登場します。また音楽でも、エミネムがマクドナルドのテキサス・バーガーの不味さを指摘しようものならそのリリックは検閲されポリティカリー・コレクトの振るいにかけられることでしょう。逆にアクセスが増えれば万々歳なのでいままで検閲の対象となっていたポルノグラフィやスプラッターはどんどん解禁されていくはずです。企業様の文句さえ言わなければいいので、例えばポール・バーホーベンにとっては天国のような時代がやってきます。それが良いか悪いかは別として。

そして、それでも、我々は生き抜くでしょう。
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自己紹介:
島根県のハードコアバンド、ヤンキー少女改め、SOFT、改め爽やかJ-POPデスメタルバンドPOSTOVOIのギター・ボーカルです。

バンドとは別にソロプロジェクトとして、チップチューン・デス・メタルを追求するF.O.D(Fuck or Die)をはじめました。MySpace

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