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島根県のハードコアパンクバンド、ヤンキー少女、改めSOFT、改めストーナーロックバンドPOSTOVOIのボーカルjunkieの公式ブログ!!!
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ダレン・アロノフスキ監督、ミッキー・ローク主演の『レスラー』(The Wrestler)を観ました。
 
 
ミッキー・ロークの感慨なきを得ない文字通り「真に迫った」迫真の演技が話題と涙と絶賛の嵐を呼び起こし世界中を席巻、アカデミー賞の主演男優賞にノミネートされた(結局オスカーは逃したけどゴールデン・グローブを受賞)のをはじめとしてヴェネツィア国際映画祭では金獅子賞を受賞するなど各所で激賞された映画で、それ以外にもいろいろな人が褒めちぎっていたのでさまざまな先入観が働いてつい気負って観てしまったのですが、そういったバイアスすら観ているうちにいつの間にか氷解してあわよくば壁を乗り超えて魂の内側に問いかけてくるような、それだけの破壊力を持った作品でした。要するに、最高だったです。


 
ミッキー・ロークと言えば個人的には「落ち目の俳優」というか「Bクラスの住人」のイメージしかなかったのですか、世間一般でもやはりそういった認識だったようで、かつて木曜洋画劇場でもミッキー・ロークはシルヴェスター・スタローンの『追撃者』の予告編の中で「ナンパの参考書」とネガティヴ・チャントされ、スタローンを引き立てるための添え物ジョバー的な扱いでした。「ナンパなチャラ坊はスタローンに土下座!」という名惹句における「ナンパなチャラ坊」というタームには少なからずミッキー・ロークに対する暗喩も含まれていたはずです。別冊映画秘宝の『底抜け超大作』で藤原章氏がかなり辛辣にミッキー・ロークをコキおろしていたのも、『レスラー』での絶賛を通過した今となってはかなり隔世の感がありますが、とまれ、かつてミッキー・ロークはその言葉のあらゆる意味において「落ち目の俳優」だったのです。

それから幾星霜、ミッキー・ロークはこの『レスラー』で不撓不屈の役者根性を炸裂させて見事に復活したわけですが、まぁその辺りのバックグラウンドはこの映画の講釈の話の妻としていままで何億回も言われてきたと思うしニワカ知識の自分では手に余るので繰り返しません。でも当然、ミッキー・ロークの演技がすばらしいことに変わりはありません。
 

 
ただいまいち「ミッキー・ロークすげぇ!!!」の評価が先行し過ぎて、作品そのものに対しては「(話が)安い」「ソープドラマみたい」「ミッキー・ロークが出ていなかったらビデオ・スルー」という批判があるやもしれないのが辛いところではあります。確かにプロットは平凡過ぎるほど平凡だし、脚本そのものはソープドラマと言われても仕方ないのですが、中盤で安易な予定調和が出尽くして油断させておきながら終盤のアヤトーラー戦の「ラム・ジャム」に向かうにつれてその総てが破綻していくという構成が見事で、こうした梯子を急に外されるような急勾配のドミナント・モーションは昨今のドラマツルギーの中でもかなり新しい戦術だと思います。ここ50年ばかりずっと文学や映画は「平凡なジャンル・ストーリーを如何に超克していくか」「真の写実主義とは何か」という強迫観念に苛まれつづけてきて、そしてそれに対する解答がしかも判を押したようにいつも「脱構築」で共通していたわけでクソおもしろくも何ともなかったのですが、ついにこの『レスラー』で別の形で解答が示されたと言っても言い過ぎではないと思います。個人的には「そうか!こういう手があったか!」と思わず膝を叩いたほどに、この脚本は「新しい」と思います。あまり小難しい話はわかりづらいし自分でもあまりよくわかっていないので自粛しますが、とにかく、ここら辺の構成の妙はもっと評価されて良いです。けっして「ミッキー・ロークの演技」だけが見所の映画ではないです。


 
カメラワークも斬新と言えば斬新です。最近の映画では(たぶん)画面にリアリティを出すためにPOV(主観視点)の方法論を応用して敢えて手ブレを宥恕しているやり方が一般的だと思うのですが、この『レスラー』では実は手ブレは自粛されています。サード・パーソン・ビュー(第三者視点)で後ろから人物を据えてステディ・カムみたいなカメラで長々と追いかけていくショットが基本で、そのカメラワークは手ブレを是認するPOVの「作為的な煩雑さ」とは無縁の、むしろ「洗練さ」や「作り物っぽさ」が際立ったものです。実際、この映画のカメラワークはドキュメンタリーっぽい映像を企図したような、「カメラでただ撮っただけ」的な俯瞰の画作りも念頭にはあるとは思うのですが、一方でこのサード・パーソン・ビューの映像は技術的にはかなりすごいものがあると思います。画素を粗くすることでそれが目立ちませんが、『レスラー』のサード・パーソン・ビューは、カメラが”映ってはいけないもの(goof)”を映さないようにするための動線やイマジナリー・ラインの問題などを総て考慮に入れた、とてもスムーズで計算されたカメラワークだと思います。

現代の映画文法下ではたぶん、カメラはなるべく画面からその痕跡を「消す」ことが美徳とされているのだと思います。POVのように積極的に手ブレを起こし主観視点に近づけようという努力はその現われだし、その方がより「リアル」だとされているのだろうし、反対に手ブレを起こさない固定の画角の中で流麗に被写体を捉え続けるカメラワークは「オールド・ハリウッド」で「リアルじゃない」とされているのだと思います(たぶんこの「手ブレ方法論」をハリウッドに持ち込んだのはスピルバーグの『プライベート・ライアン』あたりが最初だと思います)。

でも『レスラー』のサード・パーソン・ビューは洗練されたカメラワークで「映画における『リアルっぽさ』」を担保するはずのPOVの手ブレはことごとく排除されていますが、実際にはとてもリアルに映ります。これも現代の映画文法に対する新たな問題提起だと言えると思います。小中千昭先生によると、「映画において重要なことは『本当のこと』ではなく『本当に見えること』」なのだそうです(箴言!)。『レスラー』のカメラワークはそのことを改めて思い出させてくれる示唆的なカメラワークであると言えましょう。
 
 
 
あと、ミッキー・ロークの演技もさることながら、マリサ・トメイの演技もすばらしいです!この映画の撮影中には既に40歳を越えていましたがおっぱいとケツ出して場末のおばさんストリッパーの哀愁を見事に演じ切っていてとても良いです!マリサ・トメイがミッキー・ロークとビールを飲みながら80年代トークをしてRATTをいっしょに合唱するシーンはこの映画のハイライトのひとつです。二人のセリフも「80年代のメタルは最高だったが、ニルヴァーナが全部ブチ壊しやがった!!!90年代の音楽はクズ。」という点で共通していて何とも言えず爆笑です(ウィキペディアによると、この一連の80年代マンセートークは、アクセル・ローズから特別に「Sweet Child O'mine」を無償で使っていいよ、とドナーされたことに対するヨイショの側面も強いようです)。
"Goddamn they don't make em' like they used to."
"Fuckin' 80's man, best shit ever!"
"Bet'chr ass man, Guns N' Roses! Rules."
"Crue!"
"Yeah!"
"Def Lep!"
”Then that Cobain pussy had to come around & ruin it all.″
"Like theres something wrong with just wanting to have a good time?"
"I'll tell you somethin', I hate the fuckin' 90's."
″Fuckin' 90's sucked.″
″Fuckin' 90's sucked.″
Cf:  http://www.imdb.com/title/tt1125849/quotes


しかし、このセリフもザ・ラム(もしくはミッキー・ローク)の栄枯盛衰の歴史を後継に鑑みると、手放しでは笑えないのが切ないです。
 
 
あと、ミッキー・ロークが近所の子供に「ゲームしようぜ!」と言うときのセリフがどうしてもヒアリングできなかったのですが、あそこでは”Wanna play Nintendo ?”と言っているようです。なるほど。
またあのシーンでザ・ラムと近所のガキがプレイしているハードも何なのか自分にはよくわからず、PCエンジン?と思っていたのですがセリフどおりNES (Nintendo Entertainment System)で、ファミコンの北米市場向けローカライズ製品のようです。
 
 
 

 
 
・・・で、まぁ、少し言いたいことがとっちらかってしまいましたが、とにかく良い映画でした。個人的にも今の自分の境遇と照らし合わせるととても他人事とは言えないのですが、それだけにザ・ラムの不屈の魂には訴えかけられるものがありました。プロットが平凡だろうが話が昼ドラみたいだろうが何だろうが、「だが、そこが良い!」 と言いたいです。
 
ザ・ラムやパムや映画の中に出てくる現職のプロレスラーたちはみな、何かを自分で決断して、そして信じる道に向かってひた走っていくからすばらしいのです。成功している人間がすばらしいとか、泣けるとか好きとか惚れたとか純愛とか桜がどうとかその程度のことがすばらしいとか、そういったものとは別の尺度で生きているからこそ、彼らはすばらしいのです。あいつらは失敗者だとか負け犬だとかムダなことをしているとか後ろ指をさされながらも信じた道を歩んでいることに貴賎はないはずということを彼らは知っていて、そして同時にそれは外の現実に自らが適応できないことに対する深い苦しみの裏返しであることもまた知っていて、そしてそれでも前を向いて生きていくからこそ彼らはすばらしいのです。
 
この映画の構成の妙についてさっき少し触れましたが、この映画のある種ソープドラマ的な脚本が総て破綻するのは、ザ・ラムがアヤトラーとの20年振りのリ・マッチのリングに上がり、画面がいきなり地方プロレスの日常を追ったドキュメンタリーが如き俯瞰の遠巻きの画に変わってからです。そこでのザ・ラムのスピーチが総ての予定調和をここで一気になし崩しにしてしまうのです。




“I just wanna say to you all tonight, I'm very, very grateful to be here.
A lot of people told me that I'd never wrestle again and that's all I do.
You know, if you live hard and play hard and you burn the candle at both ends, you pay the price for it. You know in this life you can loose everything that you love, everything that loves you.
Now I don't hear as good as I used to, and I forget stuff. And I ain't as pretty as I used to be. But god damn it, I'm still standing here and I'm "The Ram."
 You know as time goes by -- as time goes by, they say: "He's Washed Up." "He's Finished." "He's A Loser." "He's All Through." You know what? The only one that's going to tell me when I'm through doing my thing is you people here. You people here -- You people here are the ones who are worth bringing it for because you're my family."

 


この映画でおそらくもっとも感動的なシーンのひとつですが、このザ・ラムの長広舌がそれまでのモーメンタムを覆し、かつザ・ラムを、パムを、そしてブルース・スプリングスティーンがエンド・クレジットで歌ったような世界の総ての「レスラー」たちの存在を、ここで肯定するのです。その様が何とも言えずにすばらしく、なにものにも変え難いもののように思え、そして最後のラム・ジャムのあとに、リングを取り巻く残響が心の中で響くのを誰もが感じるはずです。「いや、俺は聴こえなかった」とか言う人にはたぶん、この映画は必要ありません。でもいつか必ず必要になるときが来るはずで、そしてその人にもいつか聴こえてくるはずです。
あなたは聴こえましたか?
 
 
 
とにかく、最近の日本のマンガに見られるような犬のクソが入った腐ったカレーライスのような女々しさとは百億光年の隔たりがある映画を観たいなら絶対にオススメです。木曜洋画風に言うなら、 「ナンパなチャラ坊はミッキー・ロークに土下座!」です。おれもザ・ラムのように、堂々と信念に向かってくじけずに生きて最後は燃え尽きて決死のラム・ジャムを炸裂させてリングで死にたいです。

 
 
 
 
ザ・ラムはミッキー・ロークだけでなく、おれやあなたの、この世界でもがきつつも何かに抗いながら生きている総ての人々のドッペルゲンガーであるように思えてなりません。


 
 
ワン・トリック・ポニーや一本足の犬や片腕の男や片脚の男を見たなら、それはおれです。
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自己紹介:
島根県のハードコアバンド、ヤンキー少女改め、SOFT、改め爽やかJ-POPデスメタルバンドPOSTOVOIのギター・ボーカルです。

バンドとは別にソロプロジェクトとして、チップチューン・デス・メタルを追求するF.O.D(Fuck or Die)をはじめました。MySpace

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