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島根県のハードコアパンクバンド、ヤンキー少女、改めSOFT、改めストーナーロックバンドPOSTOVOIのボーカルjunkieの公式ブログ!!!
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皆さん、一月も終わりですよ!
マジかよ!!!
今月は自分にとっては現実逃避しようにも完全に離反することすらあたわず、現実と闘争して敗北し、そして遁走し映画や音楽を摂取して英気を養って再びリベンジする、というまるで曼荼羅絵のような感じでした。それで、それが来月も、ていうかこの先ずっとつづくのですよ。
ということで四回生になってからこっち、現実に打ちのめされてフルボッコになるたびに、ゲオ様が100円で貸し出してらっしゃるレンタルDVDを観ることでかろうじて生をつなぎとめてきたわけなんですが、まあ、ボチボチです。ボチボチデスよ。友達はCDとDVDです。リアルに。

去年の11月~今月までに観た映画の中で、特に印象に残ってるわけでもないけど何となく話の妻にでもなるような作品についてダラダラと書きます。
badtaste.JPG
あまりやらないんですが、今回は点数つけようと思います。ピーター・ジャクソン先生の超絶傑作「バッド・テイスト」を100点満点とするバッド・テイスト採点方式です!!!(「ラブリー・ボーン」早く観た~い!誰かいっしょに観に行きましょう!!!)

 



「カジノ・ロワイヤル」("Casino Royale" 2006)
casinoroyale2006.JPG
「リアルでダーティーなポリティカル・スパイ映画として007がリニューアル!!!」とか散々太鼓叩いてたもんだから観てみたらSONYのCMじゃねぇか。天下のMI6がVAIO使ってるわけねぇだろ!!!「リアルでダーティー」なのはチンコぶん殴る拷問のシーンだけだろーがッ!!!!!!!
・・・と裂帛の叫びを上げたくなる理由は腐るほどあるが、いちばん問題なのはQじいさんが荒唐無稽な秘密道具をいっぱい作ってドンパチやる旧シリーズから脱皮をはかるべくMGMを出奔したものの、用意された脚本がかつて見限ったはずの旧007映画レヴェル、否、それ以下のスチャラカなものだったということだろう。テロリストに武器を都合する死の商人たちの名前を吐かせるためにル・シッフルとポーカーで対決して破産状態に追い込むという1000000%ありえないプロットをどうコーティングしてごまかすか、この最大の問題を結局クリアできていない。むしろドラえもんレヴェルのガジェットをドカドカ出して盛大にスパイ活劇やってた頃のほうがストーリー的には単純で逆にリアルだったのが、何とも皮肉だ。スチャラカな脚本という桎梏を凌駕するだけのスペクタクルがあったから。でも、新生007はうわべだけは「リアルでダーティーな本格スパイ映画」を標榜して作ったから、ガキでも楽しめるような明確なスペクタクルを仮構しなかった。物語がスチャラカだという点では同じだったから、結果的に出来上がったものは大人が観てもガキが観てもピンと来ない凡作だった、という最悪な結末・・・。バーバラ・ブロッコリ、しっかりしろよ!007は現実逃避のツールとして理想的なシリーズなんだから、しっかりとした娯楽大作を作ってくれよ!!!
ただし、前作、前々作とつづけて登板したデヴィッド・アーノルドの劇伴音楽は神がかり的なレヴェルにまで達しており、内容とは別に円熟した名スコアを聴かせる。特に冒頭のマダカスカルでのアクション・シークェンスにおけるスコアのアテ方は「もう、どうしましょう」というくらいにただひたすらにファッキンすげぇ超絶ぶりなので、映画音楽ファンは必見&必聴!ほんとに、デヴィッド・アーノルドの前ではハンス・ジマーなんかゴミだよな。くたばれハンス・ジマー!!!
ということで、内容はアレだが、デヴィッド・アーノルドが担当した音楽が楽しめるという意味で、一見の価値はある映画ではないかと。

(バッド・テイスト採点方式で)20点(心なしかジュディ・デンチがハツラツとしている)




「シリアナ」("Syriana" 2005)
syriana.JPG

コレ、初見のときは意味わからなかったんですよ。あまりにも煩瑣で、猥雑としていて。CIA版「トラフィック」ということですが、ここまでパッチワークされるともはやバロウズ状態です。目まぐるしく場面が変転して、自分が何の映画を観ているのかわからなくなります。これがデヴィッド・リンチの映画ならばまだ(自分がそういう酩酊感覚を味わわされていることの理由が)わかるんですが、内容そのものはどぉってことないポリティカル・サスペンスなので、頭を抱えてしまいます。映像もPOVを積極的に使ってブレブレだし。
ただ、こうして何ヶ月か経ってみて振り返ってみると、そうした手法を用いなければ現代社会の「複雑系」の混沌を表現することは出来ないのではないかな、とも思えてきました。というのも、このあとにアルフォンソ・キュアロン監督の隠れた傑作「トゥモロー・ワールド」(Children of Men)を観たからです。ゼロ年代の混沌を描破するためには、映画そのものもドッチラケの迷妄したものでなければならないのではないかと。アルフォンソ・キュアロンは映像を徹底的に「超現実的」なものに改変することに妄執して、それを見事に体現しましたけど。
それで、前掲の新生007も、こういう感じで作っていたらたぶんシリーズ屈指の大傑作になっていたと思うんですよ。「カジノ・ロワイヤル」でもアフリカの内戦国の独裁者の私兵や中近東のテロリストに武器を密輸する<死のルート>がサブテーマになっていましたけど、問題の内実には結局まったく突っ込まなかった。でも「シリアナ」は違います。フライヤーに「Everything is connected」と冠されているように、世界各地で巻き起こる事件が総て線となってつながっていること、そしてそれは常にある巨大資本によって指嗾され、犠牲となるのは弱者であるということ。「シリアナ」は決しておもしろい映画でもないし観てて頭が痛くなる映画だけど、ゼロ年代のグローバリズムがもたらし、そして明らかにした世界の実相を描くことに挑んだ、という意味では評価すべき作品だと思います。


バッド・テイスト採点方式で :
50点(これこそ新生007の進むべき道では?)




「スラムドッグ・ミリオネア」("Slumdog Millionaire" 2008)
slumdog_millionaire.JPG
普通に良い映画。としか言いようがない(笑)。あまりにも普通に良い映画過ぎて、さしもの映画秘宝も「深作欣ニイズムは、インドで生きていた!」とかあまりにも強引で牽強付会なコメントをするしかなかった(笑)。でもまぁ、こういうわかりやすい映画があって何が悪いということもないでしょう。ただ、あんまりこういう映画増えても困るけど(笑)。「全編インドロケでクイズ映画作る!」というダニー・ボイルの慧眼、企画センスの勝利。
あと、インドの話ということでチャイがいっぱい出てくるんですが、リプトン辺りがタイアップしていれば確実に紅茶の売り上げが増えたと思うのですのよ。それくらいみんな旨そうにチャイを飲む映画。

バッドテイスト採点方式で、60点(It is written...)




「チェンジリング」("Changeling" 2008)
changeling2008.JPG
アンジーが光GENJIのようにローラースケートを履いて電話交換手しているという脳ミソ発狂映像が飛び出す映画ですが、内容は「世界仰天ニュース」みたいなお話でした。
母一人子一人で仲むつまじい生活を送るシングルマザーのアンジーでしたが、ある日突然、息子が行方不明になります。八方手を尽くして捜索するも梨のツブテ、悲嘆に暮れるアンジー。ところが数ヶ月経って息子が発見されたとの報せが!!!良かったねー、と汽車から降りてきた息子と対面しますが、「何か違う・・・」と動揺を隠せないアンジー。よく見たら背も低いし、歯医者に見せたら歯型も違うし、おまけにチンコもムケてるし、確実に別人なので「おまえ誰や!!!」と憤るアンジー。ほんとうの息子は、いったいどこにいるのか・・・?
ここから物語は風雲急を告げ、「未来世紀ブラジル」もしくは「1984年」が如き精神病棟の恐怖を描いたあと「悪魔のいけにえ」「ヒルズ・ハブ・アイズ」のような超一級のアーバン・レジェンド・ホラーに突入して、しかし最後はしっとりと良い話で終ります。こうして書くと変態ギレルモ・デル・トロの「デビルズ・バックボーン」や「パンズ・ラビリンス」のような、<何が何だかよくわからないけれどとにかくすごい映画>のように思われるかもしれませんが、監督として円熟の極みに達しつつあるクリント・イーストウッド御大の手堅い演出で物語の起伏はかなりなめらかで、142分の長尺のランタイムも冗長過ぎることなく、かなり面白く観れます。
主題は1920年代のLAPDの悪辣ぶり、極悪非道ぶりにありますが、当時の電話交換手がローラースケートを履いて仕事していたことを含めて貴重な知見を得ることの出来る、素晴らしい映画だと思います。ジョン・マルコビッチもいつの間にか演技派俳優として返り咲いてたりしています。何より、悪い奴らが全員最後に成敗されるので、ほんとうに良いことだと思います。最後のエピソードがすごい良くて、下手したら泣いてたかもしれません・・・。うーん、普通に良い映画、というか、かなり良い映画ではないかと。
あと、「カジノ・ロワイヤル」のル・シッフルが出てるー!!!と思ったら、まったくの別人でした。(´Д `) まさしくチェンジリング!


バッド・テイスト採点方式で、80点(アンジーは、つくづく大物)



 


「神の左手悪魔の右手」(2006)
fuckinmovie.JPG

楳図かずお先生の超絶傑作マンガの映画化とあって、期待と同時に名状すべからざる不安を抱いた方も多かったろうが、金子修介の名を見て欣喜した人もまた同時に多かったのではないだろうか。邦画界で数少ないマトモな映画監督のひとりである彼の名が冠せられているから、こりゃ大丈夫だと。しかし、そう思った人はだからこそ深刻である。なぜなら、出来上がった映画はぜんぜん大丈夫じゃなかったから。金子ブランドを信用して観た人はきっと昏倒したことだろう。ここまでつまらない映画になるとは、誰も思ってなかっただろう。なぜ、このような惨劇が起こったのか?
実は、本編はもともと那須博之が監督していた企画だった。那須博之って誰、という人には邦画史上ブッチギリの最低映画として名高い「デビルマン」の監督、と言えば納得してもらえるだろうか。本編はつまり、その「デビルマン」のあとに那須に持ち込まれた企画なのだ。しかし、永井豪先生のマンガ史に残る傑作「デビルマン」を腹筋に壊滅的な疼痛が走る問答無用の最低映画にしてしまったことでデーモン一族の逆鱗に触れた那須氏は、本作の撮影途中で急死してしまう。その代役として招聘されたのが金子氏ということで、要するにこの映画は半分は那須の作品なのである。実際に観てみればわかる。全編、あの世紀の駄作「デビルマン」を彷彿とさせる、観客をデーモンに変えてしまう禍々しいオーラで横溢している。これは金子修介のタッチではない。明らかに那須の、あの「デビルマン」の感覚だ。だからこの映画も駄作である。あーあ。
しかしなぁ、金子、雇われ仕事だったからって手抜きすぎだろッ!!!やっつけ仕事過ぎるぞッ!!!責めてあの警備員のくだりは撮り直せよッ!!!あー、脚本をリライトする余裕もなかったんだろうなぁ・・・。脚本のアホは那須の弟子らしいが、京大まで出てこのレヴェルでは、大学教育の意味全然ねぇぞ!!!頼むからおまえはもう筆を折れ!!!楳図先生まで出演しているというのに、全体を覆うこのやるせなさは何だ!!!あと、死体がどう見ても人形じゃねぇか!!!市川崑の「犬神家の一族」(2006)の蝋人形のほうがぜんぜんスプラッターだったわ!!!とりあえず、ただでさえ「無内容」と言われるスプラッター映画としても失格。完全なダメ映画。ていうかゴミ。
確かに、楳図先生のマンガは映像化し辛い。特に「神の左手悪魔の右手」なら尚更だが、それでも脚本のベースは比較的破綻のない「黒い絵本」。正直な話、山の辺想やヌーメラウーメラが出てこなくても成立するストーリーである。だから、マトモな脚本を用意すれば和製「ヘンリー」「羊たちの沈黙」のような傑作になる可能性だってあった。単純にスプラッター・サイドを強調したとしても、近年トーチャー・ホラーやエイティーズ・スラッシャーのリメイクで殷賑を極めるハリウッド・ホラーの向こうを張るスプラッター映画が完成したはずである。だからこそ那須と金子の罪は重い。
とりあえず、名作、傑作と呼ばれるマンガを中途半端な根性と予算と才能で映画化するな。頼むから。まぁ、那須は凄まじい予算を組んだ「デビルマン」で見事に撃沈したけど、金子修介が本気を出して、あともうちょっと増資すれば、鶴田法男の「おろち」レヴェルの佳作をモノに出来たはずである。ほんとうに金子のやっつけ仕事が悔やまれるが、ただ、やっぱりほんとに予算がなかったんだろうなぁ・・・。「デビルマン」はVFXだけが唯一及第点以上の完成度だったのに、今回の人形はあまりにもあんまりだ。いままでの邦画はどんなにつまらなくなても円谷特撮の系譜を汲んでいるから、特撮は健闘している、という映画が多かった。だからここまで酷い特殊メイクを観るとむしろ心配になってくる。予算が足りなかったからこうなったんだと思いたい。だけどさぁ、井口昇の傑作「片腕マシンガール」とか観ると、この規模の映画でももうちょっとがんばれたんじゃないかとは思うよ。
とにかく、ほんとにダメな映画監督のもとで中途半端な予算で作られた映画は、金子修介ほどの才人の力を持ってしても修復することが不可能であることを証明した作品。ていうかゴミ。「デビルマン」のようにネタになればまだ幸いだが、この作品の場合はネタにもならないから観ないほうがいい。田口トモロヲの演技が良い、とか、ぜんぜん救いにならない。

バッド・テイスト採点方式で、マイナス100億点(正直、あの「デビルマン」の惨劇すら超えたと思う。ある意味すごい。)

 


「おろち」(2008)
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楳図先生の同名マンガの映画化。こちらも日本マンガ史に残る超絶傑作が原作であることから期待と同時に言い知れぬ不安を惹起したが、脚本に高橋洋、監督に鶴田法男、そして音楽に川井憲次と、現在考えうる限りでこれ以上ない完璧なスタッフの招聘に成功。キャストも割りと豪華で、なおかつ嶋田久作が脇を固める磐石ぶり。かくして楳図先生のマンガの映像化作品の中で、現時点で最高傑作と呼ぶべき名作が誕生した。
「血」と「姉妹」、そして「洗礼」を巧みに結節した高橋洋の脚本、手堅くも気高い鶴田法男の確かな演出、俳優陣の120%の健闘、そして川井憲次の完璧な劇伴音楽。とにかく、川井憲次の音楽がほんとうに素晴らしい。ほんとうにほんとうに素晴らしい。もちろん、脚本に致命的な穴がないでもないが、いままで楳図先生のマンガの映像化でロクなものがなかった(上記参照)ので、百歩譲りたい。「おろちはあんな黒髪の日本人顔の女なんかじゃないッ!!!」という反駁は至極もっともですけど、やっぱりいままで楳図先生のマンガの映像化でロクなものがなかった(上記参照)ので、百歩譲りたい。とりあえず、高橋洋すげぇ。「血」と「姉妹」の共通性を見出すことはサルでも出来るが、「洗礼」とのアマルガムなんて、普通は誰も考え付かない。確かに、どちらも「美醜」「老醜」をテーマとした作品であり、そして二人の「女性」の相克と闘争と、そして断罪の物語である。それでこの映画版「おろち」も、ほぼ完璧に「洗礼」しているんですよ。また、鶴田法男すげぇ。正直、ここまで良い映画撮れる人だとは思わなかった。フィルムが焼き付けを起こすシーンは、鳥肌モノ。ほんとにすげぇ。木村佳乃が絵を見上げて回想するシーンでは、私、泣きかけましたよ。
そして川井憲次すげぇ。もう、我が国最高峰の作曲家でしょう。「機動警察パトレイバー2」「イノセンス」に匹敵する、彼のベスト・ワークだと思います。
とりあえず、ちゃんと予算を組んでマトモな人材を集めれば、楳図作品の映像化は可能だということ。それを証明したことに尽きる。野心溢れる試行だった「ロング・ラブレター」の志が、10年かけてようやく結実したような、とにかく楳図ファンとしては万感の思い。ほんとうにありがとう。映画としては75点くらいだけど楳図映画としては1億点満点です!!!ゼロ年代に作られた和製ホラーの中でも恐らく最高峰の作品ではなかろうか。それほど良い。


バッド・テイスト採点方式で、90点(ほんとうにありがとう)。



「イカとクジラ("The Squid and the Whale" 2005)
thesquiedandthewhale.JPG
このまえフランク・ダラボンの「ミスト」を観たとき、俳優がリアリティを重視してわざと訥弁で滑舌悪くしゃべっていたのが印象的だった。実際にしゃべるときも、映画やドラマみたいにいちいちハキハキとしゃべらないし、噛んだりすることもあるよね。「ミスト」はその部分をかなり意識して作った映画だと感じた。POVの主観映像のテクニックを応用して普通の俯瞰ショットでも常にカメラをブレさせる手法は今や現代映画の常套手段だけど、そこに更にその「意図的な滑舌の悪さ」を加えると、その映画は実生活の主観にかなり近似したリアルなものだと言うことになる。
でも、これには「映画を観るのにそこまでのリアリティが必要か?」という反駁も可能だと思う。映画が虚構であることはみんな知っているんだから、荒唐無稽な描写は論外だとしても、そこまで過剰に実際の主観に漸近した表現を担保してリアリティをことさらに追求する必要があるのだろうか?
わたしは、「その必要はない」と考える。映画には「映画の嘘」というマジックがある。嘘を適度に混ぜ合わせることでその映画が逆にリアルになっていく、ということが往々にしてある。例えば実際の会話を再現したからといってそれが主観が普段感じ取る会話の再現になるかというと、そうではない。実際の会話や行動の中で、脳は実は恣意的に必要な場面を取捨選択して、感覚的に自然だと感じられるようになめらかに加工しているのではないか。だからたとえそれが映画的な嘘であっても、実際に主観が感じ取り編集した情報に近いものは映画的・演劇的な会話の方であったりする。ていうか、わざわざ映画観て滑舌悪くしゃべられたり、セリフが聴き取れなかったりすると、イラつかない?
この「イカとクジラ」はカメラはブレているけど、でも俳優のセリフのしゃべり方は極めて旧来的だ。それでも充分リアルに感じられる。もちろん「ミスト」の役者の演技は文句なしに素晴らしかったけど、実際に我々の脳の中に射影される風景というのは、やはり映画において我々がフィルムの上に仮構するモンタージュに近いのだと思う。方法論としてはどちらも有用だけど、個人的には「イカとクジラ」のやり方の方が好き。
肝心の内容は、普通におもしろいです。親が離婚したりしてる人が観たら、普通に心に響く映画じゃないかと。実際に、脚本家のウェス・アンダーソンの実体験をベースにした映画だそうです。なるほどねぇ。

バッド・テイスト採点方式で、82点(中学生日記みたい)



「永遠のこどもたち」("El Orfanato" 2007)
elorfanato.JPG
ゾンビ映画研究家の伊東美和先生がゼロ年代ホラー映画ベスト10に推挽しながら、その紛らわしい邦題に苦言を呈された作品。出雲のGEOには普通にホラー映画の棚に置いてありましたけど、他ではどうなんでしょう?確かに中途半端な売られ方でいまひとつ配給業者のアピールしたいコア・コンピタンスが見えないんですが、基本的にギレルモ・デル・トロが絡んでいる映画で明快に一言でその正鵠を射る惹句や評言を導き出すことは難しいように思います。だって「パンズ・ラビリンス」とか「デビルズ・バックボーン」とか、あなた、「どんな映画?」って訊かれたら一言で答えられます???「パンズ・ラビリンス」なんか<ダーク・ファンタジーの傑作!!!>とか太鼓を叩いて明らかにファミリー層に訴えかけながらいざ観てみたら中身はドロドログチャグチャの残酷戦争ホラー映画だったので、「ハリー・ポッター」のような軟弱ファンタジーを期待して家族で観に来た奇特な方々から配給側にかなりの苦情が寄せられたそうですが、さもありなん!まあ一応、「ダーク」ファンタジーと銘打っているので虚偽広告ではない、と、思いま、す・・・ハイ。(ちなみにギレルモ・デル・トロは本作では資金調達という形で関わっています。)
さて、物語は義足をつけた少女が楽しそうに遊んでいるアヴァン・タイトルから奇怪なクレジット・ロールまでの冒頭の数分間でさっそく「この映画は普通じゃない」ことを声高に告げてくれます。ただし序盤はしばらく「なんか不思議な家族映画」というか「空想壁のある悪ガキのせいで困ってます」という感じで冗長に進み、イタロ・ホラーの救世主としてかつて将来を嘱目されたミケーレ・ソアヴィの作品群を髣髴とさせる凄まじい映像美の応酬で「あれ、案外普通じゃん!」とフェイントをかけ、少し油断させますが主人公夫婦の養子が行方不明になった辺りから「ヒルズ・ハブ・アイズ」もびっくりのフリークス描写やスプラッター描写が飛び出し「やっぱり普通じゃなかった!」と一部の映画ファンの溜飲を下げてくれます。たぶん、ここで普通の映画ファンはDVDドライヴからディスクを引っ張り出して何も観なかったことにしてしまうんじゃないかと思うのですが、物語は容赦なく狂奔の一途をたどり、霊能力者が幽霊屋敷を調査する場面で「ギャーーーーーーー!!!!あーーーーー!!!」とこどもたちの霊の絶叫が聴こえてきたりして映画はいつの間にか超一級のホラー映画に変貌しています。ここら辺、普通に怖いです。それで物語はすわ、「ザ・チャイルド」か?!、というところまで最高潮に盛り上がった挙句、何故か最後は涙がとめどなく溢れ出て止まらなくなっています。たぶん、フェルナンド・ヴェラスケスの素晴らしすぎるスコアがエンド・クレジットで流れ出した瞬間、きっと誰もが滂沱と落涙しているのではないでしょうか。かく言うわたしも泣きかけましたから。ほんとに、なんでホラー映画を観て泣いてしまうんでしょうか。なんというか最近のスパニッシュ・ホラーは元気ありすぎというか、なんとなくおかしいです!そして、最高です!!!
「デビルズ・バックボーン」や「パンズ・ラビリンス」で「なんか知らないけどすっごい泣けるーーー!!!」状態になってしまった人は今回も瞬殺です。
ていうか早くギレルモ(ギジェルモ)・デル・トロの正式な日本語の呼称決めろよ!!!このままだと今世紀の最重要映像作家になっている可能性が大だから!!!

バッド・テイスト採点方式で、93点(21世紀のスペインはやっぱりなんかアツイ)




 



「モンスター」("Monster" 2003)
monster.JPG
シャーリーズ・セロンと言えば大昔にシャンプーのCMにも出ていたくらいの美貌の持ち主だが、それ故に典型的なハリウッド・ビューティー、佃煮にして売れるほどに雲霞の如く濫造され消費されそして忘れ去られるハリウッド・バビロンの<人形>の一人だと思っていたし、実際にそれが衆目の一致する見解であったはず。例えばこの「モンスター」のDVDのスリーブ裏にはさまった宣材において彼女の名前の後ろに代表作として上がっているのは「コール」「トリコロールに燃えて」は良いとして「ミニミニ大作戦」とか、この人もっと他に代表作なかったっけ?と首をかしげてしまうほど、決して短くないキャリアを俯瞰してみてもこれといった役をモノにしていない印象がある。その意味でこの「モンスター」は、まさに彼女のために作られたような映画である。ここで彼女が演じたアイリーン・ウォーノスは、彼女にとっての一世一代の当たり役となったからだ。
脚本と監督を担当したパティ・ジェンキンズがいったいどういう理由と経緯でシャーリーズ・セロンにこの役を依頼したのか、わたしは不勉強ながら存じ上げないが、とにかく完成した映画の中に現れたその「化け物」はかつて「それ」が絶世の美女であった頃の面影の片鱗すら留めぬまでに徹底的に崩壊した外貌をしていた。アメリカでもっとも権威のある映画批評家のひとりであるロジャー・エバートをして、「これは演技ではなく、具現化だ。」と言わしめたほどのシャーリーズ・セロンの容姿はまさに実在の殺人犯、アイリーン・ウォーノスの完全なクローンであり、パティ・ジェンキンズの慧眼が正しく、そしてシャーリーズ・セロンが自らに施した肉体改造がいかに凄絶を極めたかを如実に物語るものであった。この決死の演技は各地で激賞され、彼女はその年の米アカデミー主演女優賞、ゴールデングローブ主演女優賞を受賞した。(アイリーン・ウォーノスの実際のマグ・ショットを見てみて欲しい。ほんとうにそっくりである。→http://en.wikipedia.org/wiki/Aileen_Wuornos
しかし、この映画を真の意味で傑作たらしめているのは、そのフランケンシュタイニズムが如きシャーリーズ・セロンの渾身の肉体改造ではない。この映画は弱者の、否、敗者の物語である。或いは、アウトサイドで生きることを運命づけられた者たちに捧げられた墓碑銘である。わたしは、雨が降りしきる橋の下でリボルバーを握り締める両手を見つめて震えていたアイリーンを他人だとは思えない。絶対に思えない。「その日、自殺しようと思っていた。でも、ポケットの中にまだ金があった。男のチンコをしゃぶって稼いだ金。このまま死んだら、タダでフェラしたことになる。だから酒場に行って全部使い切ろうと思った。・・・そして、彼女と出会った。」
もちろん、彼女の犯した罪科を正当化する理由などどこにもない。でも、彼女の総てを否定することも出来ない。あなたには出来るか?少なくともおれには出来ない。絶対に出来ない。アイリーンのことを他人だとは思えなかった。アイリーンがおれと重なって見えた。この映画の主人公はおれそのものだ。そう感じるのはおれだけだろうか?
ローラースケート場でBGMが切り替わる。アイリーンはガールフレンドに語りかける。「Oh, man, I love this song.」「Oh, I love too.」
そこで流れたのがジャーニーの「Don't Stop Believin」だ。最初はこの選曲に対してあまり気にしなかった。史実かどうかもわたしにはわからない。でも、きっとこの映画を観たあとにもう一度この曲を聴くと、きっと誰もが心の中で湧き上がる感情を抑えることが出来なくなるだろう。なぜジャーニーなんかで泣いてしまうのだろうか?でもほんとうだから仕方ない。
最後に忘れてはならないのは、シャーリーズ・セロンのガールフレンドを演じたクリスティーナ・リッチの存在だ。彼女もまたシャーリーズ・セロンと同様にドラスティックな肉体改造を敢行し、映画にリアリティ以上のものを与えることに成功している。美女がその沽券を捨ててまで自ら醜くなることを選んだ、その役者根性には感服するしかない。
とにかく、超ウルトラ傑作。人生に迷ったときにはすばらしい映画を観るに限る。例えば「バッド・テイスト」のような映画がそうだが、これからはその中に「モンスター」も加えようと思う。


バッド・テイスト採点方式で、99点(Don't stop believin...)


 ・・・ジャンキーの映画がいっぱい、いかがでしたでしょうか?

「神の左手悪魔の右手」は、原作が超ウルトラ傑作だということで、かなり厳し目に採点しました。ほんとうはアレよりももっとつまらん映画がいっぱいあると思います。ネタにすらならんクソ映画が。「20世紀少年」とか。「曲がれ!スプーン」とか。

バッド・テイスト採点方式は、だいたい70点以上が万人にオススメできる感じです。ていうか「バッド・テイスト」をまずみんな観てください!!!死ぬほどおもしろいから!!!

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島根県のハードコアバンド、ヤンキー少女改め、SOFT、改め爽やかJ-POPデスメタルバンドPOSTOVOIのギター・ボーカルです。

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